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第1話
桜が少し散り始めた頃、屋上から空を眺めていた。
特に何をするわけでも無く、ただじっと時が過ぎるのを待っていた。
教室に戻る気は無かった。行ったところで、誰かが僕を認知する訳でも無い。
それに、他人に興味が無かった。皆知らない奴ばかりで、会話するのも気が引けた。
ああ、でも唯一知ってる奴が居たな。僕がそう思った瞬間、屋上に声が響き渡った。
「此処に居たんだ!」
嬉しそうに僕の傍に駆け寄って来る男。正直何故彼の様な男が僕に構うのか分からない。
会ったのも高校の入学式が初めてだった。
僕は視線を彼に向ける。
詞空侑稀 と言うこの男は、新入生代表としてステージに上がった奴で、そのあまりの美貌に学校中で話題になった。
詞空と同じクラスになれた女子生徒達が騒いでいたのを聞き、嫌でも名前くらいは覚えた。
あと、爽やか王子と呼ばれている事も。
完全に一軍の住人である彼に近付こうと、奮闘する女子を何度も見かけた。
けれど詞空と同じ一軍と言っても良いリーダー格の女子と取り巻きによって敢え無く散った。
男子からも好評で、物腰柔らかい所や気さくな性格がウケたんだと。
そんな、クラス問わず学年で人気者な彼にはあまり近寄りたく無かった。
面倒事は御免だし、僕は大勢の人間と一緒に居たい訳じゃない。
だからこそ、彼に懐かれたのは誤算だった。というか想定すらしていなかった。
僕みたいな平凡処か地味な外見の人間に、一体何の用が有ると言うんだ。
しかし、笑顔で話し掛ける彼を無下に追い返すのも他の生徒の反感を買いそうで怖い。
僕は基本、学校では波風立たぬ様過ごしたい。
なのに、なのにだ。
如何して此奴は僕にこんなに構って来るんだ。
「何時も此処に居るよな。気に入ってんの?」
詞空に問いかけられ、僕は肯定も否定もしないまま、空を眺め続けた。
詞空も僕が答えないと察したのか、僕と同じ様に床に寝転んだ。
「わあ、空綺麗。双葉は空が好きなの?」
そして気安く名前で呼ぶこの態度。
馴れ馴れしいと思ったが、別に呼び方に執着は無いので見逃している。
詞空は、ふと僕の方へ手を伸ばし、僕の髪に触れる。
優しい手付きで髪を撫でる手が妙に心地良い。
僕が抵抗しないと分かったのか、そのまま触り続けた。
暫くすると、チャイムが校内に鳴り響く。
僕は身を起こして傍に在った鞄を持ち、屋上から出る。
直ぐ様詞空が後を追って来た。
「双葉、待ってよ!帰るなら一緒に帰ろう?」
僕は一度立ち止まって詞空を見る。
詞空は僕の気が自分に向いた事が嬉しいのか、ニコニコしている。
今の彼は手持ち無沙汰だった。
「……鞄」
たった一言だけで僕の言いたい事が分かったのか、詞空は鞄を取って来ると言い、教室へ向かった。
それを見届けて、僕はまた昇降口まで歩き出す。
僕は鞄と言っただけで、一緒に帰るなんて一言も言ってない。
詞空が勝手に勘違いしただけだ。
それに教室に戻れば、女子達に声を掛けられる事必至だろう。
その様子を想像し、口元に笑みを浮かべた。
同時に、折角仲良くしてくれる詞空を避ける事への罪悪感が湧き起こった。
僕にとっては如何でも良い存在。けれど、僕と仲良くしてくれるのは詞空だけだ。
友人になってくれそうな人間を、僕は自らの手で突き放すのか?
一度思った感情は、直ぐに消える事は無かった。
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