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第4話

 町長が二人分のお茶を持ってきたとき、ドアを叩く激しい音がした。二人は顔を見合わせ、お菓子の入った篭を持ち玄関へ向かった。  ガチャリと開いた先には、たくさんのお菓子を持った笑顔の子ども達がいた。 「トリックオアトリート!」 「町長さんとお友達さん! お菓子ください!」  毎年この日、町長は吸血鬼の格好をしたお兄さんと一緒にお菓子をくれる、というのが町の子ども達の共通認識だった。  普段は遠い所にいるが、その日だけ町にやって来る吸血鬼のお兄さん。町長の友達だと聞いていた子ども達は、それを疑うことはしない。優しそうな見た目の吸血鬼を、悪い人だと思う子どもがいなかったのだ。初めて吸血鬼を見る子でさえ恐がる子は一人もいない。 「たくさん貰っているのだからいらないんじゃないか?」 「いるよー! 町長さんのケチ!」 「ひどい言い種だな。ほら、欲しい物を一つ持って帰りなさい」 「僕からもどうぞ」  町長と吸血鬼の言葉に、子ども達は笑顔でお礼を言った。真剣に悩んでいる子。とにかく大きい物を欲しがる子。かわいい物を欲しがる子。篭いっぱいに用意していたお菓子はあっという間にほとんど無くなった。  お菓子を貰えて満足した子ども達は早足で帰っていく。お父さんやお母さんに早く言いたいのだろう。その光景が容易に思い浮かび、吸血鬼はクスクス笑った。 「お前は本当に子どもが好きだな」  その言葉に、吸血鬼は内心で笑った。  自分の一番好きだという静かな時間を壊す子ども達の為にたくさんのお菓子を用意して、子どもと同じ目線に合わせ笑顔でお菓子を渡す。  人のことを言えないだろうと吸血鬼は思い、耐えきれずクスクスと笑った。  訝しげな顔をした町長は冷めてしまったお茶を飲みながら、ふと思ったことを尋ねた。 「今日食事はどうするんだ?」 「ついでに頂こうと思っています」 「ちゃっかりしているな」  そう言った町長は特に嫌がりもせず腕を差し出した。  町長から提案して、吸血鬼には定期的に血液を与えているのだ。  吸血鬼だというなら人間の血を吸うのだろう、と考えた町長は最初に会ったときに何気なく尋ねた。普段はどうやって生きているんだ、という問いに吸血鬼は答えた。 『普通に頂くわけにもいかないので、寝ている人から少し頂いてます。それだったら吸血鬼の仕業ってバレないでしょう?』  不法侵入したうえ寝込みを襲っているのか、と町長は目元をひくつかせた。町長の人間としての感覚では、それはただの犯罪だ。吸血鬼なのだから尺度は違うのだろうから、犯罪行為は一旦考えないようにした。  いくら寝ている間といっても、不特定の人の前に現れるのは見つかる危険が高い。なにせこの吸血鬼はどこか抜けているのだ。人間をひっそり観察するはずが堂々と観察していたようなやつだ。今までは見つかっていなかったのかもしれないが、今後見つかる可能性は充分ある。誰かが面倒を見た方がいい。  このまま放っておくのも後味が悪いとつい提案してしまったのだ。それ以来、吸血鬼は人目につかない時間に訪れるようになった。食事をすることもあれば、ただ二人で時間を過ごすだけのときもある。  時計の針の音しか響かない静かだった空間に、吸血鬼の柔らかな笑い声も混じるようになった。  この吸血鬼が町の子ども達と自然に関わることが出来ないか、最近はそればかり考えている。  それが日常になっているくらいには、町長は吸血鬼を気に入っているのだった。 おわり

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