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第1話
学生時代、有能なαたちがひとりのΩを取り合っていた。
自分はそれを離れたところから眺めるだけのβだったはずなのに、なぜこんなことになっているのやら。
「起きたの、もう身体は平気?」
寝室を出たところでするりと腰に手を回されて、驚くより先にシャツ越しに伝わる慣れ親しんだ体温に心が落ち着く。ちゅ、と背後から頬に唇を押し当てられて、その瞬間、鼻についたΩの残り香に眉を寄せた。
見ればいつもかっちりスーツを着込んでいる男が珍しくラフな姿で、自分が気を失って寝込んでいる間に、相手も休んでいたのだと理解する。
自己完結して、コーヒーでももらおうとキッチンに向かおうとすると強く腕を引かれた。
「吉成、返事は?」
支配力に満ち溢れた声。
顎を掴まれ、すぐさま深く唇を重ねられる。
「…っ、ふ、」
絡められた舌を強く吸われて、咥内を好きに蹂躙される。
もう一方の手は背中に回され、指先で背骨の形をひとつひとつ辿られる。腰椎を過ぎて尾骨へ、尻肉の狭間へ進む指にびくりと肩が跳ねた。
「あ…っ、間宮…!」
いつの間にか壁際に追い詰められていて、すがるように滲む視線を上げれば、ふっとその目が和らいだ。
「朝食にしようか、吉成」
***
間宮本家から通いできてくれている家政婦さんが作ってくれたクラブハウスサンドを頬張りながら、向かいで新聞に目を通しつつコーヒーを飲む男に訊ねる。
「間宮、今日仕事休みなの」
「うん。一応ね」
そう、と頷きながら窓の向こうに目をやる。
外は快晴。すっかり日も高く、バルコニーの観葉植物が気持ち良さそうにそよいでいる。
「なに?吉成どこか行きたいの?」
なんてことなく返された言葉にきまり悪くなる。ちら、と視界の端で窺った家政婦さんもどことなく不思議そうにしている。
だって、用意してくれたクラブハウスサンドは、明らかに3人前あるのだ。
間宮の所有するペントハウスに住まわせてもらってるが、この広い家の中で唯一出入り禁止にされている部屋がある。
時折その部屋に籠りきりになる間宮が、そこでなにをしているのか知っている。
「琉、先に起きたなら声かけてくれてもいいだろ――っと、誰?」
がちゃり。
リビングのドアが開けられるや否や、噎せ返るように甘いΩの匂いが立ち込める。
琉、というのは間宮のことだ。
現れたその人はオレを見て驚きも露に首を傾げた。当然だろう。
「この人だれ?同居人?」
艶やかな色気のある彼は、ごく自然に間宮の隣の席に腰を下ろす。
丸い瞳で見つめられて、曖昧に笑うしかない。
「作ってもらったから食べな。いらなかったら包んでもらって持って帰ればいいよ」
間宮は質問に答えず、テーブル上の皿をすすめる。
「えええ、なにそれ」
Ωの彼は呆れたような視線を間宮に送って、「もういいよ、洗面所借りるね」と拗ねたような声色でまた立ち上がった。
去り際、家政婦さんに「おいしそうだね」と微笑みかけて。
オレについては触れないことにしたらしい。
家政婦さんは彼が手を着けなかったクラブハウスサンドをまるでカフェのテイクアウトのように手早く包み、すべての作業が済んでいること、ディナーはどうするのかと間宮の指示を仰ぐ。
「夜は外で済まそうかな」
「では、私は本日はこれで」
一礼した家政婦さんはてきぱきと帰り支度をはじめる。
もぐもぐと口を動かしながら、オレはただ無言でその光景を眺めていた。
端から見て、オレと間宮はどう見られているんだろうか。
友人?仕事関係?
αとβは住む世界が違う。どんな形にしろ違和感しか残らない。
身支度を整えたΩの彼が、間宮に声をかけて、その頬にキスをしようと身を乗り出す。
ほら、なんて自然な光景。
一夜を共にしたαとΩだ、特別な感情が芽生えるのも当然。
けれど、間宮はさりげなさを装ってキスを避けた。
憤慨する彼に家政婦さんが声をかけ、揃って部屋を出ていく。
オレは最後の一口を無理矢理押し込んで、グラス片手に席を立った。
「吉成」
逃がさないとばかりに間宮の長い腕が追いすがる。
「愛してる」
オレと間宮はどんな関係に見られているのだろう。
恋人?愛人?…ありえない。
αとβは住む世界が違う。
せいぜいオレなんて間宮のペット止まりだ。
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