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第2話

「どう?いい店でしょ」 「うん、おいしい」 陽が傾いてから、間宮とこじんまりとした寿司屋を訪れていた。 腕のいい大将の握る寿司はどれも絶品で、心置きなく堪能させてもらう。 カウンターには間宮と二人きり。 すすめられた酒の力も手伝い、穏やかな時間が過ぎる。 だが、それも僅かな間だけ。 がらりと店の戸が開き、新しい客が来店する。 αの訪れる店にはαが集う。 やってきた客は間宮に気付くなり親しげに声をかけて、間宮も快く言葉を返していた。どうやら顔見知りの相手らしい。 「少しだけ挨拶してくるよ」 いい子で待っててね。 耳元で囁かれて肩を竦める。 ふと視線を感じて顔を上げると、背の高い男がじっとこちらを見ていた。 だが相手はなにも言うことなく、ふっと目をそらすなり他の客たちと奥の個室へと消えてしまう。 「なんだよ…?」 首を傾げるも意味不明。 ひとり残されたオレに、大将が次はどうするかと訊ねた。そろそろ満腹になってきたため、適当につまめるものを頼む。 「お客さん、お酒お強いですか?」 声をかけてきたのは、大将とともにカウンターに立つ職人だ。年の頃は同じくらいか、すこし上だろうか。 「いえ、あまり強い方ではないです」 「そうなんですね。いや、めずらしいのが入ってまして…」 間宮といると、周りは必ず間宮に話しかける。こんなたわいのない会話でも自分に向けられてると思えば気持ちが浮わつく。 「じゃあ頼んでみようかな」 そうして出されたのは、細いグラスに注がれたシャンパーニュだった。 「寿司屋でシャンパン?」 「そう言わず。結構合いますよ」 出されたつまみもシャンパーニュに合わせたものなのだろう、寿司屋らしくないそれにおそるおそる口をつけると驚くほど美味い。 「うまい」 「でしょ?」 してやったりという笑みに思わずこちらも顔がほころぶ。 そこから少しくだけた口調で話が弾んだ。 酒のペースも上がる。 「お客さん、お連れ様とはどういった関係なんですか?」 「どういう風に見えます?」 「うーん。お仕事の繋がりかなと思ったんですが、もっと親しそうだったし…」 本気で悩み出すので、ふっと笑ってしまった。 「あいつαだし、全然釣り合わないんですよ」 視線ひとつ動かすのも億劫になってきた。 結構酔いが回ったな、なんて頭の片隅で考える。 「お客さんはβでしょ?オレもβなんだ」 ああ、だから話しやすかったのか、なんて。 穏やかで口数の少ない大将もたぶんαだ。 そのせいか少し緊張を伴う。 そういえば大将の姿がない。どこにいったんだろうか。 「大将、いま向こうのお客さんのところに行ってます」 あれ?口に出てた? 「ふふっ、なんかお客さんあまりβっぽくないですね」 顔を上げると、思いがけず正面からじっと視線を合わせられる。 「こんな色気のあるβの人、はじめて会いました」 「勘違いでしょ?オレはただ酔っぱらってるだけ」 あれ、なんかおかしい。 熱っぽい視線を向けられて、はた、と見つめ返してしまう。 「――おい、おまえ瀧だろ?」 そこへ割って入ってきたのは、先程やってきたあの客だった。いつの間に個室からでてきたのやら、間宮のいた席とは逆隣にどっかりと腰を下ろす。こういった遠慮の無さはまさしくαだ。 いままで話していた彼は、急に毒気を抜かれたように職人の表情に戻っている。 失礼な相手をまじまじと見つめて。 「ええ…、あ、風紀委員長?」 一瞬見ただけではわからなかったが、よくよく見れば面影がある。 「その言い方、懐かしいな」 昔、学園で風紀委員のトップだった男だ。 彼もまた有能なαで、例に漏れずひとりのΩを追いかけていた。 「相変わらず間宮といるんだな」 その声はどんな色をしていたのか。 酔いの回った頭では判断できなかった。 「間宮を引き留めて悪かった、すぐ戻ると思う」 「いや別に、そんな…」 風紀委員長、たしかそうだ、東坂。 東坂はα特有の怜悧な瞳を向けて言う。 「…気を付けろ、αの男はおまえが思っている以上に嫉妬深い」 おまえ、全身に間宮の匂いがたっぷり染み付いているぞ。 「えっ!」 「まあβやΩにはわからないだろうが。一種のマーキングだな」 ぽん、と肩に手を乗せられたかと思いきや、それは勢いよく引きはがされた。 間宮によって。 「東坂、気安く触らないでくれる?」 「おお、こわ。久しぶりだから少し話しかけただけだ」 東坂は肩を竦めて、じゃあなとすぐに背を向けた。 なんだったんだ、一体。 「吉成、帰るよ」 二の腕を掴まれて立ち上がる。 促されるまま店を後にする間際、間宮がちらりとあの職人に視線をやった。

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