7 / 24

第7話

その後、誉さんのパートナーである祐吾さんも合流して、しばらく話をしてから、祐吾さんの運転する車で部屋まで送ってもらった。 笑顔で手を振る誉さんは幸せそうで、つられて笑みが浮かんだ。心持ち軽い足取りで部屋の扉に手をかけて、そういえばと思い至る。 オレは間宮の部屋の鍵を持っていないのに。 エントランスの入り口は誉さんが開けていたのに、部屋の前までは来なかった。 自分が持っていない鍵を誉さんが持っているという事実に、どんな態度をとれば正解なのか――。 手に力を込めると、がちゃんと軽い手応えで扉が開いた。 大きくドアを開いた途端ざあっと風が吹き抜ける。 導かれるように奥へと進むとバルコニーが大きく開け放たれており、そこから風が吹き込んでいた。 バルコニーに持ち込んだカウチに間宮が優雅に横たわっている。 「おかえり、楽しかった?誉と会ってきたんでしょ?」 「…間宮…」 開口一番それか、と眉を寄せる。 ちっとも帰ってこなかったくせに、オレが少し外に出ると戻ってくるのか。誉さんやほかのΩが絡むと当てつけるように現れるのか。 明るい日差しの下で目を閉じる間宮は芸術品のように美しかった。 それがどうにも苦しくて、ぎりと奥歯が鳴る。 オレはいつも日陰に押し込められているのに、とこの首にかけられた手綱が息苦しくてたまらない。楽しかった気分が霧散する。 は、と息を吐いて間宮から顔を背けると、「吉成」と名前を呼ばれた。 「なに…っ!」 振り返って息を飲む。 オレを強く見つめる間宮の瞳が嫉妬で色濃く揺れていたから。 「ねえ吉成、楽しかった?」 「なに…」 「吉成、誉に笑いかけたの?祐吾さんにも?」 「なんだよ…!」 「吉成、東坂とも仲良くなった?」 「なんだってんだよ!!」 おまえは釣った魚に餌もやらないくせに。 まるで浮気を責めるような言い方をして、本当に他のΩと身体を繋げているのはおまえのくせに…! カッとして間宮の胸倉を掴み上げると、わずかに上体を浮かせた間宮が目を細めて頬に手を添えてくる。 こんな明るい太陽の下にいたのに、その手はとても冷たかった。 「吉成はすぐにどこかへ行ってしまいそうだ」 「行くかよ、ここに閉じ込められてるようなもんなのに!」 「閉じ込めておかないと逃げられてしまうじゃないか」 「オレが逃げるとでも!?」 「あんな失敗は二度としない。この手を離したら、また誰かに見つかってしまう…」 長い睫毛を憂いに伏せた間宮の顔がそっと寄せられて、オレは強くその胸を突き飛ばした。 「ふざけんな!!」 悔しくて、ぐっと拳を強く握る。 「Ωみたいに身体で陥落できると思うなよ!」 「…それができたなら、どれだけ…」 間宮の言葉を最後まで聞かず、ドタドタと足音荒く寝室に立て籠る。 閉めた扉を背にずるずるとしゃがみこんだ。 「逃げるとかだっせえの、オレ…」 ばかみたいだ。 オレはΩのようにはなれないのに、いつまでも執着してくる間宮も。 閉じ込めておくだけで満足で、追いかけてまではこないんだろ、と失望している自分も。 「あほくさ」 ふて寝してやる、とジャケットだけ放り出して布団をかぶる。 どうしてほしかったんだろう、一体。自分は。 「オレはただ、笑いあって隣にいたかっただけなんだけどな…」 横になった枕にぽろりと滴が染み込んだ。 *** するり、と指先で掬いとられた前髪がさらさらと額に落ちる。するり、するり、と繰り返される、指遊びのようなゆるい撫で方。 「んぅ、やめ…、琉……」 手を伸ばした自分の動きにぼんやりと目を開くと、「吉成」と妙に切ない表情をした間宮がそこにいた。 「…琉…?」 薄暮れの部屋をぐるりと見渡して、ああ本気で眠ってしまったんだと思い至る。 もぞと手の中でなにかが動く。 掴まえていたのは間宮の手だった。 大きくて、指が長くて、爪の形まで整っていて、それでいて筋張った男らしい手。 まだまどろみに浸っている身体は動かすのも億劫で、そのまま手を離しも、握りもしなかった。間宮も逃げなかった。 「あ」 視線が、壁にかけられたジャケットに止まる。 オレが寝る前に放り出したジャケットだ。 「服、間宮がかけてくれたのか?」 「そうだよ」 「うそだろ、本当に?」 「うそじゃないよ、ほんとだよ。オレのことなんだと思ってるの」 「え、α様?」 一瞬身体を強ばらせた間宮は、ごろんと勢いよく隣に寝転がった。 「α様?なにそれ」 そしておもしろそうに問いかける。 そうだ、α様だ。 αはなんでもできて、なんでも持っている。まるで王様だ。王様だから、下々の者のことは気にも止めない。間宮だってそうだろう? 「まさか、そんなはずない」 間宮は笑って否定した。 くつくつと肩を揺らして笑う間宮に、なんとなくばつが悪くて目を反らす。

ともだちにシェアしよう!