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第8話
「だって、オレやお前の相手になるΩの扱い考えたらそうだろ。こないだだって、あんな、床、床で…」
以前の情事を思い出せばもう居たたまれない。
顔を赤くしてそれ以上言葉を告げられないオレを見て、間宮はうっそりと目を細める。
「吉成とそれ以外の他人は全然違うよ?」
「でもオレあのあと家政婦さんの顔見れなくて…」
うん?と首を傾ける間宮に、まさか、と言葉が溢れる。
「え、間宮が後片づけを…?」
「吉成のことを他人に任せるわけないでしょ。そもそもα以前に人としてどうなの、それ」
至極当然とばかりに答えられ、唖然とする。
まさかそんな間宮が?オレの後始末を?…うそだろ、信じられない。
「…吉成はαの執着をわかってないよね」
とろりと急に空気が重たくなる。
胸の奥がきゅうと締め付けられ、知らず眦に涙が溜まる。
「ま、間宮…」
「さっきみたいに琉って呼んで」
αとしての支配力なのか、フェロモンなのか、それが何なのかわからないまま、βとしての本能が白旗を上げる。
だから言葉だけはどうにか抗って。
「あの、な!誉さん妊娠したんだって!急に呼び出されたからなにかと思ったら…!」
「うん、聞いた」
「お祝い、どうしようかと思って…、っ待て!」
「待たない」
絡め取られた手に口づけられ、間宮の瞳に捕らえられる。
「う…っ、いやだ…」
「愛してる、吉成」
唇が重なり、くちゅりと舌を吸い上げられれば、それだけで腰が抜ける。
待ち焦がれていた餌を与えられたかのように間宮のキスを貪って、けど、どうしようもなく悔しくて。
「ああっ、やだ…いやだ…!」
喜んでいるのは、オレ自身なのか、屈服した身体なのか。
受け入れるのは、間宮だからなのか、α相手だからなのか。
「吉成…っ」
爪を立てて噛みついて、必死に抵抗して、それでもこんな野良犬のようなオレのすべてを抱き締めてくれる間宮の腕の中が――…やはり、ひどく落ち着く。口惜しいほどに。
***
『――吉成くん、きれいになったね』
知ってる、そんなこと。
『でも不安定で、危ういね』
そうだ。その危うさが、また妙な色気を放っている。
『大切なら閉じ込めてないで、安定させてあげる方がいいんじゃない?』
それができるなら、どれだけいいか。
『琉。吉成くんは、ぼくや他のΩの子たちとは違うよ?』
わかってる。だからこそどうしたらいいのか、わからない。
瀧 吉成はひとつ年下の一般生徒で、数多いるβの一人だった。
当時の自分は生徒会役員を勤めていて、友人らが夢中になるΩの転校生を同じように追いかけていた。
けれどいつも視界に入るのは吉成で、いつしか目が合うようになると全身に興奮が駆け巡った。
どうしてβ相手に。その答えはすぐに出た。
はじめは一目惚れだったのかもしれない。
けれどαとしての執着心が、恋ではなく、愛に変えてしまった。
愛してしまったのだ。どうしようもなく。はじまる前から。
吉成に対する狂喜にも似た劣情を覚える度、従兄であり、婚約者であった誉にすべてをぶつけていた。
誉はΩであるゆえに、αの衝動を嬉々として受け入れる。そんな誉をどこかで見下してもいた。
正直、転校生のΩには欠片も興味を抱いていなかった。
都合のいいΩはすぐ側にいるし、愛情は吉成へ。転校生は友人らが夢中になるおもちゃのひとつ――その程度だった。
いや、友人らも本当に夢中になっていたわけではないのだろう。
αにとってΩは庇護の対象であり、自身より劣る存在。
だから、あの転校生がヒートを起こしたとき、まず最初に浮かんだ感情は怒りだった。
Ωごときがαの平常を乱すなど。
Ωのフェロモンにあてられ、αとしての本能を押さえられなくなったオレは突き動かされるまま吉成を捕まえて、それまで誉で解消していた劣情のすべてを吉成に向けた。
βの、吉成に。
正気に戻ったオレはひどく後悔した。
Ωと違い、βはαを受け止めるには脆い。吉成を失うかと思った。
青白い顔でぐったりと意識のない吉成を見て、儚くなってしまうのではと怖くなり、目が覚めても吉成の心が壊れてしまうのではないかと恐れた。
だから目を開けた吉成を前に情けなくも涙が溢れたし、気の抜けた柔らかい笑みを向けられて、ますます涙が止まらなくなった。
そのときオレは、自分を受け入れてくれた吉成を大切にすると、絶対に傷つけないと誓ったのだ。
吉成とのやわらかく穏やかであたたかな関係を築きながら、オレはαにも発情期があることを知った。
それまでは誉のヒートに付き合ってやっていると思っていたが、周期的に血が滾るような衝動に駆られる。
そしてそれは吉成に触れれば触れるほどサイクルが短くなり、凶暴性を増していく。
二度と吉成を傷つけないと決めていたオレは、またしてもその捌け口に誉を使った。
Ωである誉はどんなに乱暴に扱っても壊れない。でも吉成は違う。大切にしないと壊してしまう。だから――。
そして愚かなオレは、一度吉成を失うことになるのだ。
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