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第17話 きっかけ~叶side~7

*** 「こっ、こんばんは////」  体育会系よろしく大きな声で、しかもかなり顔が赤いまま、挨拶をしてきた賢一くん。  そして今頃なれど、直接ライブのお礼を言ってくれた。  律義な男だなぁと思いながら、彼の腕に自分の腕を絡ませる。途端にカチンコチンになる姿に笑いを堪えつつ、無理矢理引っ張って歩き出した。  ドナドナ状態の賢一くんに、しゃんとするよう睨みを利かせる。そのお陰でリードするように歩き出したけど、緊張感が解けてない、顔は酷く引きつったままだった。 (この彼氏、大丈夫か……?)  思いきって、あの男がストーカーになったという話をしてみる。  少し考えてから、自分がこれから迎えに行きましょうかと提案してくれたのは、素直に嬉しかった。  ホントのところ、史哉さんに頼みたかったけど仕事の関係上、お互いすれ違うことが多いし、会社の人間に見つかって突っ込まれたら、もっと厄介なこととなる。  賢一くんとはこうして、気軽に腕を絡めることが出来るけど、今まで1度も史哉さんとはしたことがなかった。 「それとも、一緒に帰る人がいるとか?」  俺がずっと考えこんでいる様子に、賢一くんが怖々といった感じで訊ねる。勿論、いないと即答した。  一緒に帰りたい相手はいるけど、帰れないから……  史哉さんのことを頭から消し去るように、賢一くんに笑顔でお願いした。彼は嬉しそうに、OKしてくれる。 「有り難う、賢一くん」  ご褒美に、初めて名前を呼んであげた。見る間に顔が真っ赤になる。さっきまで緊張感いっぱいだったのが、嘘のよう。  それを見て、心の中でほくそ笑んだ。授業で分からないトコがあるのが嘘でしょうと、突っ込むタイミングとしては最高だろう。  指摘をしたら思った通り、青くなりながら非を認める。そんな素直な賢一くんの頭を、右手で手荒に撫でてあげた。下手な言い分けしないのが良い。  そんな素直な様子に誘われて、お茶をご馳走するからあがりなさいと誘ってみたら元気よく、 「はい!」  と答えた。その様子にイヤな予感がしたので何かしたら追い出すからと、先に釘を刺す。  果たしてこの言葉、彼には有効なんだろうかと訝しく思いながら、自宅の扉を開けた。  賢一くんを招き入れ、玄関の扉が閉まり、靴を脱いで中に入ろうとした瞬間、後ろからぎゅっと抱き締められ、かなり驚いてしまった。  やはり先程の言葉は、意味を為さなかった――  若い男を自宅に招き入れる時点で、こうなる事は想定内だったけど、まさか玄関で抱き締められるとは……しかも思う存分、締め付ける始末。  まったく、俺を締め殺す気か!?  あまりの苦しさに抵抗を考えたけど、抱き締めるだけで、それ以上の事をしない彼に驚く。    史哉さんなら……首筋にキスをして、後ろから回してる片手を俺の頬に添え、振り向かせる体勢にもっていって、それから唇に熱いキスをしてくれるだろうな。  そんな事を考えていると、突然放り出す勢いで、ばばっと賢一くんが離れた。  彼の顔を振り返りながら見ると、『しまった』と書いてある。  そんな彼を玄関に置き去りにして、そのままキッチンに向かった。  突然抱き締められた事で、史哉さんの温もりを思い出し、明らかに冷静さを失っている自分。それを落ち着かせるべく、急須に玄米茶の茶葉を入れ、ポットに入っているお湯を注ぐ。    茶葉が開くまで深呼吸――いつもの自分を取り戻さなければ……  多少落ち着いた所で、マグカップにお茶を入れる。美味しそうな香りに、心が更に落ち着いた。  そして、一呼吸置いてから叫ぶ。 「いつまで、そこにいるつもりだい? マジで追い出すよ」  慌てて中に入って来る賢一くんに、マグカップを手渡す。オドオドする彼を見ながら、お茶を口にした。  その後、彼をコタツに座らせて、ゆっくりと窓辺に移動する。 (――ストーカーは、どうしてるだろう?)  カーテンの影から覗くと、電柱に寄り添うように、こちらを見上げていた。やはり、今日もつけられていたんだ。どんだけ、暇人なのやら……  内心憤怒しながらリビングの電気を消すと、賢一くんが不思議そうに俺を見るので、 「恋人同士、部屋が暗くなったら、することはひとつだろ」  素直にそう伝えると、変な緊張感を漂わせた。暗がりで見えないけど多分、顔が赤くなっているに違いない。  その様子に呆れながら、窓の外を覗いて見ると案の定、肩をガックリ落としたストーカーが、とぼとぼ立ち去っていくのが、しっかりと確認された。  よし、作戦成功!  心の中でガッツポーズをしている俺に、賢一くんは、 「叶さん、何だか淋しそう……」  と言ったのだが、俺自身はめっちゃ喜んでいるのに? 「俺、頼りにならないかもしれないけど……」  なぁんて、ぼそぼそと自分の気持ちを、次々に吐き出してくれる。  俺が史哉さんに伝えたい言葉ばかりを羅列され、驚きと共にイライラがつのった。  どうしてそんな風に素直に、想いをぶつける事ができるんだろう。相手の迷惑とか、考えた事がないんだろうか。若いからって、何をやってもいいと思ってるのかよ!?  イライラが頂点に達したとき、気づいたら彼の唇に自分の唇を押し付けていた。  無意識の自分の行動に驚きつつ、直ぐに離れる。  ポカーン(○д○)とした、賢一くんの顔……何が起こったか、分からないようだ。 「ウルサイ、ギャーギャー騒ぐなよ」  自分の混乱を悟られないように、思わず怒鳴ってしまった。  こんなこと、するつもりじゃなかったのに、何やってるんだろ……  いくら史哉さんとしてないからって、4つも年下に無意識に、自分からキスするなんて最低だ。  賢一くんを自宅から、さっさと追い出し、リビングでひとり反省する。  自分の想いがどこに向かっているのか、これからどうしたいのか。  考えることがたくさんありすぎて、どこから手を付けていいのか、わからない状態だった。  史哉さんといるときの自分。賢一くんといるときの自分。  自分らしいのは、どっちなんだろう――?

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