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第18話 きっかけ~叶side~8

***  仕事はいつもより早く、午後9時半に終わっていた。だけど心と体が重くて、デスクから立つことが出来ずにいる。  あの後賢一くんにはメールで謝罪したけど、会ってからもしっかりと謝らなければならない。  どんな顔して会おう……気まずいなぁ。  悶々と考え込んでいたら、いつの間にか10時を過ぎていた。慌てて会社を飛び出す。  イライラしながら、交差点で信号を待った。こういうときに限って、どうして赤信号に引っかかるのやら。  賢一くんはコンビニで何か立ち読みしているらしく、真剣な顔をして、何かを読みふけっている姿が確認できた。  信号が青になり、走って交差点を渡って、慌ててコンビニに入る。 「ごめん、遅くなった」 「ちょうど、見たい雑誌があったので大丈夫です。行きましょうか」  普通に接してくれる賢一くんに、ホッとした。  何だか、ひとりでうろたえているのが馬鹿みたいだ――  ストーカーがついてきてるかどうか、背後を気にしつつ、賢一くんと並んで歩く。  ふーっとひとつ、溜息をついてから、 「昨日はごめん……」  自分の不甲斐なさを押しつけるような形で、キスをしてしまった。賢一くんは何も悪くないのに。 「気にしないで下さいっ。あんなの、蚊に刺された程度のことですよぅ」  なんて言って、明るく振る舞う。ものすごく気を遣っているのが、手に取るように分かった。 「俺は蚊なんだ……」 「いや、あの、そんなつもりじゃなかったんです……」  そして必死に言い訳する彼に、心がじんとした。優しすぎる、賢一くん―― 「どうして、そんな風に素直に自分の気持ちを、言うことが出来るんだ?」  素朴な疑問だった。  恥ずかしいとか照れなんかもあるけど、俺はなかなか想いを伝えることが出来ない。  どうしても、相手の気持ちを考えてしまう。相手が自分に、好意を抱いている場合なら問題はない。だけど、違う場合だってある。嫌いな相手に、無理やり想いをぶつけられても、迷惑なだけだと思うから。 「だって好きな人に、この想いを知ってほしいからです」  あっさり答える賢一くん。真っすぐ過ぎる彼の気持ちが、痛いほど伝わってきた。 「俺の、どこが好きなの?」  思い切って聞いたら、すぐに答えてくれない。顎に手を当てて、じっくりと考え込む。  考え込みながら、チラチラと俺の顔を見るんだけど、顔が真っ赤になっていて、ちょっとだけ可愛い。 「全部って言ったら、月並みかなって思って。何か、いい言葉が出てこないし」  そう言って今度は前方を見据えて、「あ…」と、右手人差し指を立てる。  そして俺が仕事をしているところを、細かく並べ上げる。本当によく見ているなぁ、ストーカー並みだよ。 「そんなの表面上の事だろ。俺であって、ホントの俺じゃない」  そう言うと、今度は俺の顔をジッと見て、何故か自信満々な表情を浮かべてくれた。  何がそんなに自信があるのやらと、彼の視線に合わせてやる。 「叶さんは素直じゃない、イジワルするときは俺のこと、君って言う」  実に楽しそうに笑いながら言う賢一くんに、思わずつられてしまい、俺も笑ってしまった。  素直じゃないは、史哉さんにも言われたな…… 「あと今の笑顔、お店で見る笑顔より、自然で好きっす」  俺の顔に、そっと指を差す。  さらりと好きって言われ、内心困惑した。  どうしていいか分からず、渋い顔をしたら、同じように困った顔をする。 「折角の笑顔が……」 「君にはスマイル有料です」  賢一くんの普通さのお陰で、いつも通りの会話が成り立つ。  俺が好きで、ちょこちょこっと想いを伝えつつ、何事もなかったかのように普段通りの会話に戻せるのってある意味、神業かも……。  はじめの気の遣い方はどうかと思うけど、この会話術って社会人になったら、武器になるんだろうなぁ。  そんなことを考えている間に、マンション前に到着。明日のお迎えを頼む。  賢一くんの気持ちを知りつつ、お迎えを頼むのは正直なところ気がひけたが、他に頼れる人はいない。  おやすみの挨拶をして、その日は終了した。

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