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第19話 きっかけ~叶side~9
***
ストーカー事件から、早3ヶ月が経っていた。賢一くんと帰るのは、今や日常と化している。
ストーカーから解放されているのに、彼と一緒にいるのがすごく楽しくて、ついつい甘えてしまっていた。
史哉さんとはライブの夜以来、まったく会っていない。
彼が海外出張や地方の店舗をあちこち渡り歩いているのと、俺がエリアマネージャーに昇格して、ますます忙しくなったのもある。本店で会っても、視線を合わせて挨拶するだけの関係になっていた。
寂しい、会いたいの気持ちを賢一くんが埋めてくれたお陰で、会えなくても平気でいられたのである。
この状況に興じて、このまま自然消滅してしまった方がいいのかもしれない――同性の愛人なんていう間柄はどう考えても、おかしなものなのだから。
そんな未来のことを考えていた矢先、意外な情報が耳に入る。
トイレで用を足し部署に戻ろうと歩いていたら、廊下で顔見知りの女子社員2人とすれ違った。
「中林マネージャー、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
きゃぴきゃぴとした雰囲気の2人に、押されそうになる。若いなぁ……
「中林マネージャーも、水戸部長に育ててもらったんですよね?」
「ああ、そうだけど」
「水戸部長って、かっこいいですよねぇ。若い男にはない渋さっていうか、大人っていうか」
「いい男は大抵、彼女持ちか奥さん持ちが鉄則なんだよねぇ。残念」
「俺が新入社員の時も同じように、水戸部長が素敵だって女子社員が騒いでいたよ。あんな風になりたいよなって、男同士でも話題になったくらいにね」
にこやかに笑いながら、話を合わせてみる。本当に史哉さんは人気者だな。
「しかも水戸部長の奥さんって、すごい美人だったし」
「へぇ……どこで会ったんだい?」
平静を何とか装い、訊ねてみた。内心ふわふわして、落ち着かない状態だ――
「昨日、この通りのお洒落なレストランで。彼氏が私の誕生日に予約してくれてて偶然、そこで会ったんですよ。仲睦ましそうに寄り添って、何か熱心にお喋りしてました。会話の邪魔になるかなって思いながら挨拶しに顔を出したら、奥様に『いつも主人がお世話になってます』って言われて、いえいえ、ものすごくお世話になってるのは、私ですって答えたら、水戸部長に笑われちゃいました」
「そういえば水戸部長の奥さんって、同期入社した人だって聞いたことがある。美人だから熾烈な争いになったんだけど、その中で水戸部長が落としたとか……」
「出世頭だから、ワザと落とさせたんじゃないの? 女ってそういうの、何となく見極めるじゃん」
「でもうちらの同期で出世しそうな男、全然いないよね」
「見た目も正直、ぱっとしないし、最悪だわ」
ふたりの会話に入らず、胸の痛みにじっと耐えるしか出来ない。
会社から近い、この通りのレストラン――史哉さんと俺では入れない、女性が好む外観の店。綾さんと、ふたりきりで行ったんだ。仲睦ましいそうに、寄り添って食事したんだ……
ついさっきまで別れることを考えていたというのに、どうして胸がこんなに痛むんだろう。会わなくても全然平気だったのに、どうしてなんだよ。俺から別れを切り出す前に、史哉さんから別れを告げられるのかもしれない。だからふたりきりで会って……そこから――
――奥さんとよりを戻すのかな――
ふと、そんなことが頭によぎった。
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