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第20話 きっかけ~叶side~10

***  その日、賢一くんはバイトがあり直接、俺の自宅に来ることになっていた。  テーブルで課題と格闘する彼の向かい側で、いつも通りパソコンで仕事をする。  賢一くんが何か話しかけてくれるんだけど俺の頭の中は、昼間の水戸部長の話がずっとあって、生返事しか出来ずにいたんだ。  そんな俺の異変に気がついたんだろう、賢一くんが唐突に、顔を覗き込んできた。 「叶さん、どうしたの?」  澄んだ瞳が、心の内を探る様にじっと見つめてくる。いつも素直で真っすぐな目。困惑を知られたくなくて、むっと不機嫌になった俺。 「君に、心配される覚えはない。ちょっと仕事が忙しくて、ダルいだけだから」  咄嗟に嘘をついた。これ以上ざわつく内心を見られたくはない。  彼からの視線を吹っ切るべく、わざとらしく外してから、パソコンの画面に向き合う。だけど手を動かすことが出来なかった。  どうしようもない自分の気持ちが、なかなか整理つかない。頭ではどうすればいいのか、答えが出ているというのに…… 「叶さん、俺でよければ相談にのりますよ。何か、あったんですよね?」  ここ数カ月、一緒にいたせいか最近、賢一くんの読みが外れない。誤魔化しがきかなくなっていた。 「年下に、相談してもね……」 「叶さん、どうしてそんなことを言うんですか? ワザと俺を傷つけるような発言して、自分を傷つけてる」  俺の態度に賢一くんが怒る、当然だ。いつも彼に、甘えてばかりの自分……本当に最低としか言えない。 「賢一くんに、余計な心配をかけたくなくて……君の気持ち知っていながら、甘えてばかりだし」  素直に自分の気持ちを伝えた。率直すぎる返事に、困惑するだろうなと考えながら賢一くんを見たら、何か考えているようだ。うーんと唸って腕組みしながら、 「プライベートなことで悩んでるでしょ。例えば恋愛の悩み……かな?」  難しそうな顔をして言う賢一くんに、何でそう思うか聞いてみた。 「俺のアテにならない勘……」  頭を掻きながら答える。  自分では気づいてなかったけど、言葉や態度に表れていたのかもしれない。 「俺の片想いなんだ。諦めなきゃいけない恋なんだけど、ずっと諦めきれなくて、さ」  気が付いたら、賢一くんを抱きしめていた。あまりにも辛い現実に、心が壊れかけていたせいで、何かに縋りつかずにはいられなくて。  いつかは来るであろう別れ……そんなに簡単に、割り切れるわけがない―― 「そろそろ、踏ん切りつけなきゃいけないって分かってるんだけど、なかなか……」  ずっと好きだった人なのだ、今だって好きだから、こんなに苦しんでる。  賢一くんを抱きしめる腕に、勝手に力が入ってしまった。 「うん……気持ちは考えても、うまく整理つかないもんです……」  彼もこんな俺に、片想いをしている。きっと同じなんだろうな。  そう思って顔をあげたら、ヒョットコのような変な顔が、目に飛び込んできた。  こんなシリアスな状況に、不釣り合いな顔をしているのが無性に可笑しくて、声を立てて笑ってしまった。  そんな俺を渋い表情で見つめながら、抱きしめ方が悪いと苦情を言う。苦笑いしながら賢一くんの体に、そっと腕を回し直した。そんな俺を優しく抱きしめ返してくれる。  賢一くんの心地よい体温(ぬくもり)に、じっと身を任せてみた。胸からは、早い鼓動が聞こえくる。言葉だけじゃなく体も正直なんだな。  賢一くんの心音のお陰で、少し落ち着きを取り戻しかけていたら、 「俺、叶さんがその人を忘れられるまで待ってます。話を聞いたり、こんな風に抱き締めることしか出来ない、頼りない俺だけど、いつまでも待ってます」  そんな信じられない提案をしてきた。耳に聞こえる鼓動が更に早まり、体温が上がったのが、重なり合ったところから伝わってくる。 「こんな俺でいいの?」 「叶さんじゃないと、駄目っす」  はっきりと断言する台詞に、自分の決心が固まった。  その後、ぎゅっと抱き締めたと思ったら、急に手を離す賢一くんに心底驚く。どうしてこのまま、手を出さないんだろうか。 「か、叶さん、そろそろ離れないとヤバいです……」  両手をバンザイしたまま、視線を逸らしながら言う。  何でこんなときに、謙虚になっているんだろう。他の奴なら弱っているところをついて、押し倒しているシーンだというのに。 「賢一くんとなら、いいよ」  そう口を開いたら、ギョッとした顔でこっちを見た。更にしがみつく俺にたいし、首を左右に激しく振り、肩を掴んで無理矢理、引き離そうとしながら、 「だっ//// ダメっすよ、好きでもない男と一夜を、共に過ごすなんて」  そんな彼の体から離れないように、ぎゅぅっと抱きついた。絶対に離れてやらない!! 「今夜、彼を忘れさせて……賢一くんの想いを、俺にくれないか?」  頑なに抵抗する賢一くんの首に、何とか腕を絡めてやった。 「こんなことをしたら、絶対に後悔し」  何かを言いかけた彼の唇に、自分の唇を押しつける。  一瞬、彼の動きが止まったのを見計らって、強引に押し倒した。そうして唇を重ね直したら今度は賢一くんが、俺を求めるようにキスをしてきて。  息が止まりそうなほどの熱いキスに、頭の芯がビリビリする。トロンとしていると、耳元で声がした。 「叶さん、好きです」  彼の手で優しくベッドまで運ばれ、そのまま朝を迎えた。  賢一くんは後悔すると言ってたけど、逆に史哉さんへの諦めがついた。  こんな俺を受け入れてくれた賢一くんとなら、うまくやっていけると確信したからである。

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