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別離……そして未来へ6
***
ライブハウスで行う、面接時間が過ぎようとしていた。急がなきゃならないのに、足取りが重い。
叶さんの会社から、勢いよく飛び出したものの、まだ50m位しか進んでいなかった。
「水戸さん、すっごくカッコよかったな」
あんなに素敵な人を、俺が忘れさせることが出来るワケがない。そう断言出来ちゃうレベルだった。
『俺は負け戦はしない。奪う自信、あるよ』
負けるくらいなら、いっそのこと叶さんをどうぞと、にこやかに進呈した方がいいのでは――
下唇を噛みしめながら考えこんでいると、後方からリズミカルな靴音が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれに胸を熱くさせながら、名前をそっと口にする。
「……叶さん?」
振り返ると愛しの彼氏が、ものすごく顔を真っ赤にして、ズンズンこちらに向かってくるではないか。
「け~ん~い~ちぃ……」
言い終わらない内に、手にしているアタッシュケースで、俺の頬ならびに頭を殴った。
「(●д●)!?」
「この馬鹿っ! 何を考えてんだよ!」
俺も驚いたが、周りにいた人もビックリしただろう。バコンって、大きな音がしたから。
「何で、元カレと密室で二人きりにするんだ。お前恋人だろ? 恋人なら看病しないとさ!」
「ごっ、ごめんなさい……」
ビクビク、おどおど。叶さんの怒り方、半端なく怖い。
「万が一、何かあったらどうすんだよ?」
「水戸さん、そんなコトするような人には見えなかったけど」
そう言うと、叶さんは手にしていたアタッシュケースを怒りに任せて、力強く地面に叩きつける。
そんな扱いしたら、壊れちゃうのに。
「お前ってヤツは、どこまでお人好しなんだ。見かけに騙されて!」
「だって……」
「あの人だって、君と同じ男なんだからな。まったく」
しかも、どんどんヒートアップする。こんな叶さんを見たことがないので、止めようがない状態。
「賢一は俺がどれだけ好きか、全然理解してくれないし」
えっ――!?
「その上、見捨てようとした」
そう言って、俺の胸元を右手で握り締める。
「そんな権利、君にあると思ってるのかい?」
怒っているのに、どこか切な気な眼差しで、俺をじっと見つめた。
「こんな出来の悪い男にぞっこんな俺を、見捨てるのかって聞いてるんだよ?」
叶さん……
気がついたら俺は、ポロポロと涙を流してしまって。
「ごっ、ごめんな……さいです。俺、叶さんの気持ちがぜ、全然わからな……くて」
俺だけ、好きだと思っていた――ずっと片想いだと思っていたから。
「誰にも渡ひ……たくないれしゅ……うっく、叶さんが好きだから」
もう涙が、滝のように流れて止まらない。
「男のくせして、何泣いてんだよ」
胸元の右手を、今度は俺の頭に移動させて、グシャグシャと撫でてくれた。
「ひっく……叶さんが俺のことを好きらとか……ぞっこんらとか、スゴいことばかり言ってくれるから……感激……で涙がとまらなひれしゅ……」
「もう少し、周りの目を気にしろって。これじゃ俺が、苛めてるみたいじゃないか」
さっき公衆の面前で思いっきり、アタッシュケースを俺に向かって、ぶつけた人の言葉とは思えない。
「いい加減、泣き止んでくれよ。これじゃあ、仕事に行けないじゃないか……」
そして俺の唇に、キスしてきた。迷うことなく、叶さんを強く抱き締める。
「涙の味がした」
ちょっとだけ笑いながら言って、俺の涙を優しく拭ってくれる。
「不安な想いをさせて、今までごめんな」
「叶さん?」
「もう2度と言わないから、覚えておいてほしい」
「はい……」
「二言目には、まさやんまさやんって言い過ぎ。妬けるからあんまり、ベタベタするなよ」
睨みながら言う叶さんを、俺は更にぎゅっと抱き締めた。
どうしよう、今度はニヤニヤが止まらないっ。まさやんにまで嫉妬するなんて、どんだけ俺ってば愛されてるんだろ。
「もう離せよ!」
「もう少しだけ……」
そのとき二人の仲を割くようなスマホの音、俺の着メロだ。
「いっけない、すっかり忘れてた」
慌てて叶さんを離して、電話に出る。
『おい、俺とのデートをすっぽかすつもりか?』
キレてるまさやんの声、すごく怖い……
「やっ、デートをすっぽかすつもりなんて、全然ないよ」
慌ててまさやんに答える俺に、今度は叶さんが睨みをきかせる。
「デートって、何?」
ひーっ、誤解が誤解を生んでる。
『けん坊!?』
「賢一!?」
泣いたり笑ったり青くなったり、短時間で絶対に寿命縮んだに違いない。
だけど叶さんと、相思相愛を確認出来たのはこの上ない幸せで、このまま幸せな時間を、ふたりで過ごせると思っていたのに――
この1年後、叶さんはアメリカへ転勤となった。
俺は第一志望の企業に晴れて就職、2年間海を隔てて、それぞれ過ごしたのである。
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