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遠距離恋愛から
そしてこのお付き合い、叶さんがアメリカに行っても続いているわけで――
「明日アメリカに出張なんだが、中林くんに何か伝えたいことや、渡したい物はないかい?」
親切に、水戸さんが訊ねてくれる。いいなぁ、叶さんに会えるんだ。
「別に、何もありませんよ」
嫉妬心を隠すべく、コーヒーを飲んだ。そんな俺を見て、何かを思い出したように話し出す。
「君の会社に、今川ってヤツがいるだろ?」
「はい、今川課長ですよね」
「そいつとこの間呑んだんだが、山田くんが優秀だって聞いたよ」
「はぁ……」
どんなところで繋がってるか、わからないなぁ。世の中狭い、ああ怖い怖い。
「今川は大学の後輩でトロくさい男なんだが、君のサポートのお陰で、仕事が出来るって褒めていたよ」
まるで自分のことのように、嬉しそうに喋る水戸さん。俺は与えられた仕事を、普通にしているだけなのに。
「しかも新人の中で、営業成績がトップだっていうじゃないか。さすがは、中林くんが選んだ男だなぁ」
水戸さんの話を聞きながら一昨日の朝方に、叶さんから国際電話がかかってきたことを思い出す。
「マンハッタンの夜景が、とても綺麗なんだ。賢一と一緒に、見たいと思ってさ」
切なげに喋る叶さんの声に、俺の胸がキュンとなった。
だから必死に頑張っているのだ、絶対にアメリカへ行くために。その一心で、仕事をしている。
「いつも思うが、本当に謙虚だなぁ山田くん」
水戸さんの声で、一気に現実へ戻された。
何も言わなかったら言わなかったで、謙虚にとられる。言ったら言ったで、スゴイなぁと褒められる。そして一向にこの人の、腹の中がまったく分からない。叶さんの元カレだけに、隙を見せられない――
「向こうで叶さんに会っても、手を出さないで下さいね。俺のなんですから」
一年前は言えなかった言葉を、はっきりと告げる。今度は傍にいてあげられないんだから、今カレとして、出来ることをしてみた。
気合の入った俺の言葉に、水戸さんは笑いながら、
「大丈夫だよ。アメリカ出張の後に、妻が自宅に帰ってくる予定なんだ。君のアドバイスのお陰だな」
「俺、アドバイスなんてしましたっけ?」
「ほらほら、言ってたじゃないか。自分の気持ちを、はっきりと伝えまくるって。あの暗示が効いたみたいだよ」
暗示って、いったい――
「そうですか。良かったです。これで俺も、お役御免できるワケですね」
感情を込めずに、つらつらっと言ってみたら、
「これから、何が起こるか分からないからダメだよ。人生相談はまだまだってことで、宜しく頼むよ」
両手を合わせて仏像に向かって拝むように、俺に南無南無する水戸さん。おいおい、まだ付き合いは続くんですか――
うんざりしながら、そっと天井を見上げた。
叶さん、助けて……
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