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遠距離恋愛から3

***    去年までは、2週間ちょっとで叶さん切れ起こして、うんうん身悶えていたのに、現在その兆候はない。俺も大人になったなぁ。  多分叶さんが俺に対して、口には出さないけど好意というか、愛情みたいなものを、表現してくれたからじゃないかと思う。  外じゃまったく疲れたとか、キツイとかを顔に出さず、穏やかに仕事をしている叶さん。  後輩を叱っているときの口調と俺を叱っている口調が、明らかに違うからね。 「こういうミスをすると、周りに迷惑がかかるんだから、きちんと考えて下さい」←後輩バージョン 「賢一っ、何でくだらないミスばかりするんだっ。このバカ!」←俺バージョン  気が付いたら、賢一くんから賢一って呼び捨てになっていた。だけど俺は、叶さんを呼び捨てにできない、何か恐れ多い気がする。他にも――  俺に対する扱いは難のあるものなれど、仕事から帰ってきた叶さんが、一番にすることがあった。  いきなり俺にしなだれかかり、ぎゅっと抱きつく。何でも落ち着くんだそうで、俺も叶さんの体に腕を回そうとすると―― 「勝手に触るなっ!」  なぁんて激しく怒るんだけど、それでも嬉しかった。  俺だけに見せてくれる、叶さんの甘えた姿に、胸がじーんとするから。  日本でこの状態なのに、アメリカではどうしてるかって?  本当は、俺を抱き枕にして持って行きたかったらしいのだけれど。 (後日電話でそう言われた)  しょうがないから、俺の洋服を数点持って行った。それで、我慢しているらしい。そんな物でしのげているのか、正直なところ疑問なんだ。  俺は日本にいる間に、たくさん叶さんから貰った愛情を思い出して、何とか頑張っているけど、叶さんは大丈夫かな。  道端に突然倒れ、金髪に青い目をしたステキな青年に助けてもらって、あまりのかっこ良さに恋に落ちた――  なぁんてことになってたら、どうしよう←激しい妄想癖  しかも現在、水戸さんも傍にいるし。 (本人、奥さんとよりを戻すって言ってたけど、やっぱり不安だよ)  無駄に妄想している午前4時、叶さんからそろそろ、国際電話がかかってくる頃だ。  あっちとの時差はマイナス14時間、お互い別々の時間を刻んでいるけど、電話で声を聞きながら目を瞑ると、傍にいるように感じる。  俺の大切な、幸せのひととき。  じーんと幸せに浸っているときに、電話のベルで現実に戻った。慌てて2コールで出る。 「賢一、おはよう」 「叶さん、おはようございますっ」  元気そうな叶さんの声色に、今日も安心する。 「水戸さんから話、いろいろ聞いてるよ。賢一そっちで、頑張ってるって。まるで自分のことのように、自慢しているんだ。それが何だか、可笑しくってさ」  クスクス笑っている叶さんに釣られて、俺も声を立てて笑った。 「俺、頑張って夏休みに、そっちに行こうと思ってるんだ」  ボーナス叩いて、アメリカに行く。叶さんに会いに…… 「そのことなんだけど、俺には夏休みがないんだよ」 「うそっ……」  じゃあ俺が行っても、邪魔なだけ。つぅか、何していいか分からない。  一気にテンションの下がった俺に、叶さんがある提案を持ちかける。 「その変わり、冬休みはたっぷりもらえることになっているんだ。一緒にマンハッタンのイルミネーションを見たり、五番街をブラブラするのもいいよね。足が棒になるのを覚悟で、メトロポリタン美術館を巡ってみようか?」  ――冬休み、クリスマスだもんな。恋人同士、ニューヨークでラブラブデート!  ……ってまんまと叶さんに、乗せられている気がする。  ガッカリすることを見越して先手を打つ、彼の鮮やかな采配に、俺は為すすべがない。 「分かった。夏休みはこっちで大人しく、ギターを弄って我慢するよ」 「冬休み、こっちにきたら賢一を独占して、可愛がってあげるから覚悟しておけよな」  可愛がるの意味が二通りあるんだけど、どっちなんだろう……  でも、独占って言葉が嬉しい。俺も叶さんを、しっかりと独占するもんね。 「うん、冬休み楽しみに仕事を頑張る。覚悟して、そっちに行くから」 「それじゃ、また」  そう言って、叶さんは電話を切る。    いつも叶さんからかかってきて、叶さん自身が切るのをちゃんと確認してから、俺は受話器を置くようにしていた。  以前、またって言ったので切ろうとしたのだけれど、なぜか叶さんは切ろうとしなかったことがあったんだ。  俺に会えない寂しさのせいで、電話が切れなかったと後から教えて貰った。  無言で繋がる、テレフォンライン。傍にいてあげられない自分のもどかしさに、声をかけることも出来ない。  だけど―― 「賢一、ありがと……」  囁くように言って、電話を切った叶さん。  離れているからこそ、お互いを想い合える距離感に感謝出来た。前まで見えなかったことが、クリアに見える。  そんな日々をやっと2年間送り、明後日叶さんが帰国。もう俺は、1週間前からテンション上がりまくりで、がっつりまさやんに叱られた。 「どんだけ舞いあがったら、気が済むんだ? お前のミスが、みんなに繋がるんだぞ。もっと、気合入れて練習しろよ!」  バンドリーダー兼マネージャー兼ボーカルのまさやんの叱責。  はいはい、オイラが悪ぅございました。  肩をすくめて、小さくなりながらギターを弾く。叶さんが帰ってくる、それだけで胸がいっぱいだった。

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