34 / 49
遠距離恋愛から3
***
去年までは、2週間ちょっとで叶さん切れ起こして、うんうん身悶えていたのに、現在その兆候はない。俺も大人になったなぁ。
多分叶さんが俺に対して、口には出さないけど好意というか、愛情みたいなものを、表現してくれたからじゃないかと思う。
外じゃまったく疲れたとか、キツイとかを顔に出さず、穏やかに仕事をしている叶さん。
後輩を叱っているときの口調と俺を叱っている口調が、明らかに違うからね。
「こういうミスをすると、周りに迷惑がかかるんだから、きちんと考えて下さい」←後輩バージョン
「賢一っ、何でくだらないミスばかりするんだっ。このバカ!」←俺バージョン
気が付いたら、賢一くんから賢一って呼び捨てになっていた。だけど俺は、叶さんを呼び捨てにできない、何か恐れ多い気がする。他にも――
俺に対する扱いは難のあるものなれど、仕事から帰ってきた叶さんが、一番にすることがあった。
いきなり俺にしなだれかかり、ぎゅっと抱きつく。何でも落ち着くんだそうで、俺も叶さんの体に腕を回そうとすると――
「勝手に触るなっ!」
なぁんて激しく怒るんだけど、それでも嬉しかった。
俺だけに見せてくれる、叶さんの甘えた姿に、胸がじーんとするから。
日本でこの状態なのに、アメリカではどうしてるかって?
本当は、俺を抱き枕にして持って行きたかったらしいのだけれど。
(後日電話でそう言われた)
しょうがないから、俺の洋服を数点持って行った。それで、我慢しているらしい。そんな物でしのげているのか、正直なところ疑問なんだ。
俺は日本にいる間に、たくさん叶さんから貰った愛情を思い出して、何とか頑張っているけど、叶さんは大丈夫かな。
道端に突然倒れ、金髪に青い目をしたステキな青年に助けてもらって、あまりのかっこ良さに恋に落ちた――
なぁんてことになってたら、どうしよう←激しい妄想癖
しかも現在、水戸さんも傍にいるし。
(本人、奥さんとよりを戻すって言ってたけど、やっぱり不安だよ)
無駄に妄想している午前4時、叶さんからそろそろ、国際電話がかかってくる頃だ。
あっちとの時差はマイナス14時間、お互い別々の時間を刻んでいるけど、電話で声を聞きながら目を瞑ると、傍にいるように感じる。
俺の大切な、幸せのひととき。
じーんと幸せに浸っているときに、電話のベルで現実に戻った。慌てて2コールで出る。
「賢一、おはよう」
「叶さん、おはようございますっ」
元気そうな叶さんの声色に、今日も安心する。
「水戸さんから話、いろいろ聞いてるよ。賢一そっちで、頑張ってるって。まるで自分のことのように、自慢しているんだ。それが何だか、可笑しくってさ」
クスクス笑っている叶さんに釣られて、俺も声を立てて笑った。
「俺、頑張って夏休みに、そっちに行こうと思ってるんだ」
ボーナス叩いて、アメリカに行く。叶さんに会いに……
「そのことなんだけど、俺には夏休みがないんだよ」
「うそっ……」
じゃあ俺が行っても、邪魔なだけ。つぅか、何していいか分からない。
一気にテンションの下がった俺に、叶さんがある提案を持ちかける。
「その変わり、冬休みはたっぷりもらえることになっているんだ。一緒にマンハッタンのイルミネーションを見たり、五番街をブラブラするのもいいよね。足が棒になるのを覚悟で、メトロポリタン美術館を巡ってみようか?」
――冬休み、クリスマスだもんな。恋人同士、ニューヨークでラブラブデート!
……ってまんまと叶さんに、乗せられている気がする。
ガッカリすることを見越して先手を打つ、彼の鮮やかな采配に、俺は為すすべがない。
「分かった。夏休みはこっちで大人しく、ギターを弄って我慢するよ」
「冬休み、こっちにきたら賢一を独占して、可愛がってあげるから覚悟しておけよな」
可愛がるの意味が二通りあるんだけど、どっちなんだろう……
でも、独占って言葉が嬉しい。俺も叶さんを、しっかりと独占するもんね。
「うん、冬休み楽しみに仕事を頑張る。覚悟して、そっちに行くから」
「それじゃ、また」
そう言って、叶さんは電話を切る。
いつも叶さんからかかってきて、叶さん自身が切るのをちゃんと確認してから、俺は受話器を置くようにしていた。
以前、またって言ったので切ろうとしたのだけれど、なぜか叶さんは切ろうとしなかったことがあったんだ。
俺に会えない寂しさのせいで、電話が切れなかったと後から教えて貰った。
無言で繋がる、テレフォンライン。傍にいてあげられない自分のもどかしさに、声をかけることも出来ない。
だけど――
「賢一、ありがと……」
囁くように言って、電話を切った叶さん。
離れているからこそ、お互いを想い合える距離感に感謝出来た。前まで見えなかったことが、クリアに見える。
そんな日々をやっと2年間送り、明後日叶さんが帰国。もう俺は、1週間前からテンション上がりまくりで、がっつりまさやんに叱られた。
「どんだけ舞いあがったら、気が済むんだ? お前のミスが、みんなに繋がるんだぞ。もっと、気合入れて練習しろよ!」
バンドリーダー兼マネージャー兼ボーカルのまさやんの叱責。
はいはい、オイラが悪ぅございました。
肩をすくめて、小さくなりながらギターを弾く。叶さんが帰ってくる、それだけで胸がいっぱいだった。
ともだちにシェアしよう!