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誤解……そして別れ
その日の夜、水戸さんに呼び出されていた。
そろそろ、何らかのアクセスがあるだろうと予測していた俺は、深いため息をつく。
彼には余すことなく、全ての真実を語らねばなるまい――
「やぁ、久しぶりだね。仕事は順調かい?」
いつも通り、爽やかな笑みを浮かべながら会話をしてくれた水戸さん。俺が身構えているのが分かっているから、円滑に会話をするための彼の戦術なんだろうな。
「はぁ、ぼちぼちってトコですかね」
「俺からこんな話するのは、可笑しいと思うかもしれないけど」
突然、声のトーンを落としながらコソコソ話。
「やっぱり、若い子はいいよな」
水戸さん、どうした!? その話題は、禁句なのでは……
「自分の気持ちが若返るのもあるし、やっぱアレだ!」
「水戸さん、俺は叶さん一筋なんでそういう話されても、ピンとこないんですけど?」
申し訳なさそうに言ったら、驚いた表情をありありと浮かべる。
「だって君は今、自社の会長の孫娘と付き合ってるんだろ?」
「正しくは、付き合ってる風ですがね。彼女が付き合ってるのは、今川部長なんですから」
以前、ちょこっとだけ話に出てきた今川部長。水戸さんの大学の後輩。
「この話をしてくれたのが今川くんなんだが、一体、どういう事なんだい? 本人は自業自得なんだって、随分と悲観していたから、詳しくは聞けないままだし……」
「自業自得って、何ですかね?」
「重役会議後に、会長が自分の孫娘が嫁に行かないのを心配してるっていう、身内話をしたそうだ。それを聞いた重役連中は、自分達の部署にいる若い男の名前を、次々とあげたようなんだが、今川くんは君の名前を言ったんだって」
そりゃあね、今川部長が会長目の前にして彼女と付き合ってますとは、堂々と宣言出来まい。だって、バツイチで40代、年の差15歳だよ。
「どうして会長が俺のことを知ったか今、ようやく分かりました」
「重役連中があげた精鋭の中から、どうやら君が選ばれたらしいね」
今川部長、俺に年上の恋人がいるの知ってるのに、何で名前をあげたかな。
「まさか君が選ばれるとは、思わなかったんだろうなぁ。今川くん昔から、読みが甘い男だから」
「でもそういう人だから、彼女と出会うことが出来たんですよ」
たまたま残業していた今川部長が、廊下で男女の言い争う声を仕事中に聞いた。とある部署の男性社員と朝比奈さんが、別れる別れないで口論している最中に、今川部長が乱入。彼女が希望する通りに彼を説得しまくって、別れさせることに成功したそうだ。
朝比奈さんが今川部長を尊敬の眼差しで見つめると、真っ赤になった顔を見られないようにと、その場から慌てて立ち去ろうとして、ズッ転けるという醜態に何故か朝比奈さんが、恋に落ちたとか――
バツイチな上に年の差ハンデがあるので、始めは防戦一方だった今川部長が、朝比奈さんの押しの一手に負けた。
「山田くんはどうして、そんなに今川くんの肩を持つんだい?」
「俺が、部署で企画している案件のリーダーになって直ぐに、プロジェクトの大事な場面で失敗をしてしまったんです。自分のところだけじゃなく、取引先にまで大迷惑をかけるくらいの、すごい失敗で……」
頭が真っ白になって動けなくなってる時に、今川部長は俺を叱る前に、あちこちに頭を下げてまわってくれた。
毎日謝罪の中で、ついにはそこから仕事をGETするという、離れ業まで見せてくれたのだ。
『誰にだって、失敗はあるさ。落ち込んでないで、きちんと前を向いて歩かないと』
そう言って励ましてくれた今川部長のスゴさを見た瞬間、俺は誓ったんだ。
「まぁ、今川くんトロくさいけど、地道な努力家だしなぁ」
「俺あのとき、心に誓ったんです。今川部長に困ったことがあったら、すぐに助けようって。今があるのは、彼のお陰ですから」
「で、君を隠れ蓑にして、ふたりが付き合ってるわけなんだね」
は~っと、ため息をつく水戸さん。
「でも近々、会長にカミングアウトする予定なんですよ。だから尚更、神経質になってるんですよね。今川部長……」
そんな彼を見て、朝比奈さんはイライラしている。今川部長も俺と朝比奈さんを見て、嫉妬するよりも、どこか諦めているようにも感じていた。
「ちょっと済まない、電話が入ったから」
そう言って水戸さんが席を立つ。
俺も自分のスマホをチェックしてみると、メールが1件きていた。まさやんからだ、しかも件名が『祝い』写メまで添付されている。
『可愛い年下とのデートを目撃。ま、俺の恋人には負けるけどな(笑)
目撃したのは俺だけじゃないぜ。良かったな、これで年上彼氏とも別れられる、きっかけを作る事ができて』
写メには、俺と朝比奈さんが楽しそうに並んで歩いているのが一枚と、叶さんがどこかを見ている、悲壮感漂う一枚――
心臓がばくばくと、音を立てて激しく鳴る。叶さんの顔から、目を離す事が出来なかった。
今日の行動を思い出す。
朝比奈さんから腕を組まれても、拒むことをしなかった俺。仲良く並んで、ふたりでウェディングドレスを見ていた。その後も強引に手を引いて、店内に入ったっけ……
誤解を招く事数知れず、絶体絶命級のヤバさだよな。
「山田くん、顔色が優れないようだけど、大丈夫かい?」
いつの間にか戻って来た、水戸さんに心配される。俺は、まさやんからの添付されている写メを見せた。
ハッとして、それを眺める水戸さんが一言。
「これは……何ていう、可愛らしい子なんだ。今川くんには勿体ない」
あの、問題はそこじゃないですよ。しかも今の発言、奥さんが聞いたら、どうなりますかね……
俺が呆れた視線を投げ掛けていると、それに気がついてコホンと咳払い。
「失礼……また厄介な現場を、押さえられたもんだね。俺にした説明を聞いて、素直に納得してくれるかどうか。中林くん結構、頭がカタいからな」
俺は、ムンクの叫び的な顔をしていたと思う。
叶さんに会うのが怖い。だけど、きちんと話し合わなければ。
逃げちゃダメだ俺!
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