42 / 49

誤解……そして別れ

 その日の夜、水戸さんに呼び出されていた。  そろそろ、何らかのアクセスがあるだろうと予測していた俺は、深いため息をつく。  彼には余すことなく、全ての真実を語らねばなるまい―― 「やぁ、久しぶりだね。仕事は順調かい?」  いつも通り、爽やかな笑みを浮かべながら会話をしてくれた水戸さん。俺が身構えているのが分かっているから、円滑に会話をするための彼の戦術なんだろうな。 「はぁ、ぼちぼちってトコですかね」 「俺からこんな話するのは、可笑しいと思うかもしれないけど」  突然、声のトーンを落としながらコソコソ話。 「やっぱり、若い子はいいよな」  水戸さん、どうした!? その話題は、禁句なのでは…… 「自分の気持ちが若返るのもあるし、やっぱアレだ!」 「水戸さん、俺は叶さん一筋なんでそういう話されても、ピンとこないんですけど?」  申し訳なさそうに言ったら、驚いた表情をありありと浮かべる。 「だって君は今、自社の会長の孫娘と付き合ってるんだろ?」 「正しくは、付き合ってる風ですがね。彼女が付き合ってるのは、今川部長なんですから」  以前、ちょこっとだけ話に出てきた今川部長。水戸さんの大学の後輩。 「この話をしてくれたのが今川くんなんだが、一体、どういう事なんだい? 本人は自業自得なんだって、随分と悲観していたから、詳しくは聞けないままだし……」 「自業自得って、何ですかね?」 「重役会議後に、会長が自分の孫娘が嫁に行かないのを心配してるっていう、身内話をしたそうだ。それを聞いた重役連中は、自分達の部署にいる若い男の名前を、次々とあげたようなんだが、今川くんは君の名前を言ったんだって」  そりゃあね、今川部長が会長目の前にして彼女と付き合ってますとは、堂々と宣言出来まい。だって、バツイチで40代、年の差15歳だよ。 「どうして会長が俺のことを知ったか今、ようやく分かりました」 「重役連中があげた精鋭の中から、どうやら君が選ばれたらしいね」  今川部長、俺に年上の恋人がいるの知ってるのに、何で名前をあげたかな。 「まさか君が選ばれるとは、思わなかったんだろうなぁ。今川くん昔から、読みが甘い男だから」 「でもそういう人だから、彼女と出会うことが出来たんですよ」  たまたま残業していた今川部長が、廊下で男女の言い争う声を仕事中に聞いた。とある部署の男性社員と朝比奈さんが、別れる別れないで口論している最中に、今川部長が乱入。彼女が希望する通りに彼を説得しまくって、別れさせることに成功したそうだ。  朝比奈さんが今川部長を尊敬の眼差しで見つめると、真っ赤になった顔を見られないようにと、その場から慌てて立ち去ろうとして、ズッ転けるという醜態に何故か朝比奈さんが、恋に落ちたとか――  バツイチな上に年の差ハンデがあるので、始めは防戦一方だった今川部長が、朝比奈さんの押しの一手に負けた。 「山田くんはどうして、そんなに今川くんの肩を持つんだい?」 「俺が、部署で企画している案件のリーダーになって直ぐに、プロジェクトの大事な場面で失敗をしてしまったんです。自分のところだけじゃなく、取引先にまで大迷惑をかけるくらいの、すごい失敗で……」  頭が真っ白になって動けなくなってる時に、今川部長は俺を叱る前に、あちこちに頭を下げてまわってくれた。  毎日謝罪の中で、ついにはそこから仕事をGETするという、離れ業まで見せてくれたのだ。 『誰にだって、失敗はあるさ。落ち込んでないで、きちんと前を向いて歩かないと』  そう言って励ましてくれた今川部長のスゴさを見た瞬間、俺は誓ったんだ。 「まぁ、今川くんトロくさいけど、地道な努力家だしなぁ」 「俺あのとき、心に誓ったんです。今川部長に困ったことがあったら、すぐに助けようって。今があるのは、彼のお陰ですから」 「で、君を隠れ蓑にして、ふたりが付き合ってるわけなんだね」  は~っと、ため息をつく水戸さん。 「でも近々、会長にカミングアウトする予定なんですよ。だから尚更、神経質になってるんですよね。今川部長……」  そんな彼を見て、朝比奈さんはイライラしている。今川部長も俺と朝比奈さんを見て、嫉妬するよりも、どこか諦めているようにも感じていた。 「ちょっと済まない、電話が入ったから」  そう言って水戸さんが席を立つ。  俺も自分のスマホをチェックしてみると、メールが1件きていた。まさやんからだ、しかも件名が『祝い』写メまで添付されている。 『可愛い年下とのデートを目撃。ま、俺の恋人には負けるけどな(笑)  目撃したのは俺だけじゃないぜ。良かったな、これで年上彼氏とも別れられる、きっかけを作る事ができて』  写メには、俺と朝比奈さんが楽しそうに並んで歩いているのが一枚と、叶さんがどこかを見ている、悲壮感漂う一枚――  心臓がばくばくと、音を立てて激しく鳴る。叶さんの顔から、目を離す事が出来なかった。  今日の行動を思い出す。  朝比奈さんから腕を組まれても、拒むことをしなかった俺。仲良く並んで、ふたりでウェディングドレスを見ていた。その後も強引に手を引いて、店内に入ったっけ……  誤解を招く事数知れず、絶体絶命級のヤバさだよな。 「山田くん、顔色が優れないようだけど、大丈夫かい?」  いつの間にか戻って来た、水戸さんに心配される。俺は、まさやんからの添付されている写メを見せた。  ハッとして、それを眺める水戸さんが一言。 「これは……何ていう、可愛らしい子なんだ。今川くんには勿体ない」  あの、問題はそこじゃないですよ。しかも今の発言、奥さんが聞いたら、どうなりますかね……  俺が呆れた視線を投げ掛けていると、それに気がついてコホンと咳払い。 「失礼……また厄介な現場を、押さえられたもんだね。俺にした説明を聞いて、素直に納得してくれるかどうか。中林くん結構、頭がカタいからな」  俺は、ムンクの叫び的な顔をしていたと思う。  叶さんに会うのが怖い。だけど、きちんと話し合わなければ。  逃げちゃダメだ俺!

ともだちにシェアしよう!