1 / 10

第1話 やりたくないもんは、やりたくない。

 教室中の非難の視線を一身に集めても、大夢(ひろむ)は頑として頷かなかった。 「多数決で決まったんだもの、仕方ないでしょう?」級長のミドリが口を尖らせた。 「そうだよ、ずるいぞ。」学年一大柄な裕太(ゆうた)が言う。小学校6年生にして170cmを超えている。体重も100kgに迫る勢いだ。  そんな中で、ガタッと物音がした。サヤカが立ち上がったのだ。「あたし、塾に遅れちゃうから、帰ります。」そう宣言したサヤカは、言葉通り帰り支度を始めてしまった。 「ちょっと待てよ、俺たちだって今日、ミニバスの練習あるんだ。なあ?」ツヨシにそう言われて、隣の愛斗(まなと)は弱々しく頷いた。  だが、今頷くべきは愛斗ではなく大夢だった。 「やりたくないもんは、やりたくない。」大夢は仏頂面でそう言った。  ミドリが大きく溜め息をついた。「そんなに狼男が嫌なら、フランケンシュタインやる?」  大夢はホームルームが始まって以来、初めてミドリを正面から見た。「うん。それならいい。」 「だから、そんなわがままは……。えっ? 今、うんって言ったの?」 「うん。」  ミドリはぽかんとして他の級友たちを見回した。大半がミドリと同じく呆気にとられていた。「みんなはどう思う?」やっと発したミドリの問いかけに誰も答えようとしない。しばらく反応を待った後に、ミドリは後方のドアから勝手に出ていこうとしているサヤカを呼び止めた。「サヤカの意見は?」  サヤカは眉間に皺を寄せて、あからさまに不愉快そうだ。「フランケンシュタインは大きい人がやるほうがいいと思う。裕太みたいな。」  裕太が反論した。「勝手なことを言うなよ。俺はドラキュラなんだから。」 「ドラキュラはもっとすらっとした人がいいと思う。愛斗みたいな。」サヤカは裕太にひるむことなく、淡々と続けた。 「僕、ドラキュラなんてっ。」愛斗も背は高いほうだ。だからミニバスチームでも活躍しているが、性格はよく言えば温厚、悪く言えば臆病といったところで、試合の時も弱気さゆえにしばしばチャンスを逃してしまう。つまり、仮装イベントにクラス代表として出たがるタイプではなかった。裕太のように立候補もしなければ、大夢のように推薦されることもなかったのはそのせいだ。しかし、こうしてサヤカに名前を挙げられてみると、色白で長身の彼は、ドラキュラに適任のように思える。教室にそんな共通認識が出来上がっていく中、愛斗は弱気なりにも「僕なんか」「裕太のほうが」とブツブツ言い、必死に抵抗する。 「とにかく、フランケンシュタインは裕太、ドラキュラは愛斗を推薦します。でも、結果がどうなっても文句言わないからみんなで決めて。じゃ、さようなら。」サヤカは一方的にそう言って、教室から出て行ってしまった。

ともだちにシェアしよう!