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第1話

ベッドサイドの明かりだけが灯った薄暗い部屋。 キシッと小さな音を立ててベッドから床に降り立つと同時に、足元に脱ぎ捨ててあったシャツを拾い上げて上半身に羽織った。 穿いているジーンズのフロントボタンは開けたままだけど、面倒くさくてキッチリ留める気にもなれない。 シャツの前ボタンを途中から下に向かって2つほど留めながら歩きだそうとした時、その気配に気がついたのか、いまだベッドで寝ていた人物が身動ぎして目を開けた。 「(みやび)さん…?もう行くんですか?」 「あぁ、明日は月曜だからな。さすがに今日は早く帰る」 身を屈め、ベッドの中にいる相手の額に軽く唇を落とす。 恥ずかしそうにギュッと目を閉じた可愛らしい様子を眺めると、フッと小さく笑いを零して扉に向かって歩き出した。 さっきまで俺の下でもっと淫猥な行為を受けていたのに、これ如きで今さら顔を赤くするのが不思議だ。同じ男でも、抱く方と抱かれる方とでは、気持ちのあり方が違うのだろう。 ベッドに潜りこみ、ちょこんと顔を覗かせた格好で俺を見送る相手を背にして、部屋を出た。 「おかえり。今日は早かったね」 寮にある自室の扉を開けた瞬間、嫌味なのか素なのかわからない言葉がかけられた。 6畳の個人部屋とは別にある共同リビングに足を踏み入れると、床に置いたクッションに座ってテレビを見ていたらしい同室の柏野静輝(かしのしずき)と目が合う。 どことなく、拗ねているような責めるような表情を浮かべているように見えるのは、気のせいか。 「月曜の朝からダルイのも、ちょっとな」 何人かいるセフレとそういう行為をするのも楽しいが、学業を疎かにする程ハマッてもいない。どうせお互い単なる暇つぶしと性欲処理だ。 鼻先で笑いながら、バスルームへ向かう前に着替えを取りに行こうと静輝の横を通り過ぎる。 けれど、下方から伸びてきた手に腕を掴まれて、立ち止まる事になった。もちろん犯人は一人しかいない。 「…なんだよ」 横目でチラリと視線を向けると、思いもかけず静輝の真剣な眼差しとぶつかった。いつもヘラヘラと笑っている相手の意外な表情に、視線が外せなくなる。 「…雅さ、もう少し貞操観念持ったら?なんか見てて危なっかしくてしょうがない」 「今更何言ってんだ。夕飯に何か変な物でも食べたのか」 「そうじゃなくて…」 茶化しの言葉に、疲れたような溜息を吐く静輝。それでも、掴まれた腕を見て眉を顰めた俺の表情に気づいたのか、パッと唐突に手が離れた。意外に強かった力が、手首に痺れのような感覚を残す。 微かに痛みを伴ったその跡を指で撫でながらも、この痛みは静輝が本気で機嫌が悪い事を示しているとわかるだけに、文句も言えない。 ただ、どうして静輝が怒っているのかがわからない。今更、俺に貞操観念も何もあったもんじゃない。セフレと夜を過ごすのは、何も今日昨日始まった事ではないのに…。 この学校の悪習に染まりはじめた中三の半ばくらいから、かれこれもう2年はこんな生活をしている。それは、高一からずっと同室だった静輝がいちばんよくわかっているはずだ。 訳がわからず静輝を見ると、今度は鋭い眼差しで思いっきり睨まれた。 基本的に温厚な静輝が、こんな眼をするなんて珍しい。本当に機嫌が悪いらしい。 どうしたものかと考えているうちに、ゆっくり腰を上げた静輝が目の前に立ちふさがった。 177㎝はある俺よりも更に5~6㎝は高い身長を持つ相手に、自然と目線が上がる。 どちらかというと細身のせいか、平均よりは高いはずなのに、静輝と並んでしまうとそうは見られないのが微妙に悔しい。 冷たく見えるらしい俺の容貌とは真逆で、静輝はバレーボールをやっているからか体格も良く、普段はノホホンと温厚な雰囲気を醸し出している。 まるで冬と春だな、と言ったのは誰だったか。 おまけに、黒髪の俺とは違い、柔らかい雰囲気の茶髪で顔が甘い王子様的容貌の静輝は、相手に威圧感を与える事はない。 俺と同じくらいか、もしくはそれ以上かもしれないが、結構モテているのは知っていた。 ちなみに、この学校は全寮制の男子校。モテるというのは、もちろん同じ男に、だ。 ただし、静輝は完全ノーマルなのか、1年の可愛い後輩に言い寄られようが3年の美人な先輩に言い寄られようが、それに靡いた事はない。 男女どっちでもOKのバイの俺とは、考え方の根本が違っているんだろう 目の前に立ったまま何も言わない静輝を眺めてそんな事を考えていたが、あまりに何もリアクションを起こさない様子に、さすがに居心地が悪くなる。 「…静輝?」 名前を呼んでも返事はなく、ただひたすら見つめられるだけの沈黙が続く。 いつまでもこのままじゃ埒があかない。 溜息を吐き、何も言わない静輝を無視して背を向け、バスルームに向かおうとしたその時、 「…ッ…おい」 突然背後から抱き込まれ、首筋に熱く柔らかな何かが押し当てられた。それが静輝の唇だとわかるのに、そう時間は要さなかった。

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