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第2話

さっきまで行為に及んでいた身体は、いまだ快楽に敏感な状態で…。意思とは関係なく、肌に触れた唇の感覚にビクリと反応してしまう。 そんな状態が伝わったのか、首筋に唇を押し当てたまま静輝が微かに笑った。肌をくすぐる感覚が、更に小さな快楽を煽る。 「静輝。やめろ」 意味のわからない行動に身を捩って逃れようとしても、力強いその腕から離れる事が出来ず、少し焦りを感じはじめる。 このままだとマズイ…。 明日が月曜日だからと手加減して遊んできたせいで、まだまだ身体が疲れていないあげく、肌に触れる感覚は鋭敏になっている。 セフレ相手だったら押し倒してすむけれど、友人である静輝にそれをしてしまったらお終いだ。 友人をベッドに誘う事はしないというのが、自分の中での決まり事の一つ。欲望が理性を超える前に離れなければ、その決まり事を破ってしまうかもしれない。 なぜこんな事をするのかわからない静輝に苛立ち、本気で身を捩った。 「離せよ」 「…雅は、掴まえた相手が逃げようとしたらどうする?」 無理矢理にでも拘束を解こうとしていると、突然そんな質問をぶつけられて思わず動きを止めた。部屋に戻ってくるまでにしていた行為が脳裏に浮かぶ。 強い快楽に身を捩り、思わずといった様子で逃げようとする華奢な体。それを押し留めて、更なる甘い嬌声をあげさせた自分。 「…どうする…って。ベッドの上での事だったら逃がさないに決まってるだろ。どうせ相手も本気で逃げたいと思ってるわけじゃない」 「うん。わかってるなら逃げようとしないでくれる?」 「それとこれとは話が違う。俺は本気で離せと言っている」 「違わないし、雅の気持ちなんて聞いてない」 「逃がさないって言ったのは、ベッドの上での話だ。おまけに相手はセフレだとしての仮定話。お前は違うだろ」 「じゃあベッドに移動しようか?」 「…静輝?」 信じられない思いで背後を振り向くと、そこにあったのは思いのほか真剣な眼差しだった。冗談の色は微塵も感じられない。 どちらかが僅かでも動けば、すぐにでも唇を触れ合わせられる距離。それを避けるようにして視線を下に落とした。 「俺はお前を抱こうとは思ってない。いくらなんでも冗談の範囲を越してる。俺の性癖は知ってるだろ?…あまり煽るな…、笑い話にもならない」 フローリングに敷いてある黒いラグを見つめたまま、事を荒立てたくない為に落ち着いた声で静かに告げた。 けれど…。 「…ッ…ん…」 背後から抱き締めてくる静輝の手が前にまわり、顎先を掴まれたかと思えばグイっと上を向くように持ち上げられ、抵抗する間もなく唇を重ね合わせられた。 予想外の出来事に目を見開くも、顔だけで背後を振りむかせられた状態での口付けは思いのほか苦しく、眉を顰めてしまう。 いつのまにか顎先から頬に移動していた手が、離れる事を許さないとばかりに顔を固定して動きを拘束する。 その内に口腔内に滑り込んできた熱い舌がこちらの舌を絡めとリ、貪るように激しくなった。 時折ずらされる唇の僅かな隙間から息継ぎをしようにも、それでは足りないほど全てを奪われる。吐息も、呼吸も、声すらも…。 室内に響き渡る二人分の荒い呼吸音と濡れた水音。息が整わない状況下で交わす性急な口付けは、まるで行為の最中に交わしているかのような、そんな錯覚を起こさせる。 性的な事には奥手だと思っていた静輝がこんな執拗なキスをするのも意外だが、それを男である自分に仕掛けてくる事がいちばんの驚きだった。 「…ッ…フ…」 傍若無人に口腔内を犯していた舌と唇がようやく離れていった時、それまでの激しさからつい無意識に声が零れ落ちる。 何が何だかわからず、とにかく呼吸を落ち着けながら静輝を見つめた、その数秒後。 「…う…わぁぁぁーっ!」 ズサーっという音が聞こえそうなほど物凄い勢いで、静輝が離れていった。 それは俺がとりたい行動だと言いたいのを堪え、何やら顔を真っ赤にしてパニックを起こしている相手の様子からいつもの静輝に戻ったのを確信して、安堵の溜息を吐きだす。 癖のない前髪を片手でかき上げ、更にそのままグシャグシャに髪を散らして気持ちを落ち着かせていると、壁際まで後退っていた静輝が床にペタンを座り込んだ姿が見えた。 自分の行動にかなりショックを受けているようだ。 …だからそれは襲われた俺がする行動だろ…。 怒るよりも呆れと憐みすら感じる相手の様子に、自分でも不意打ちで吹き出してしまった。 「…み…雅…?」 「アハハハハハッ!」 でかい図体をショボンと縮こまらせて座るその姿。耳と尻尾があったならヘロンと垂れ下がっているだろう様子に、笑いが止まらない。 俺が声を出して大笑いするなんて珍しいだけに、静輝が驚いたように目を見開いているのが視界の端に映った。 久し振りに本気で笑ったせいか、苦しくて涙まで出てきた。あ~、マジで腹が痛い。 「そこまで笑わなくてもいいだろっ」 「笑わずにいられるかよ。さっきまでのお前と今のそのお前のギャップはなんなんだ」 ようやく笑いがおさまり、「あ~もう疲れた…」とボヤきながら、床に置いてあるクッションの上にドサッと座り込んだ。 一息ついて静輝を見ると、頬の赤味は消え去ったものの、何やら非常に困った顔をしている。 「お前らしくない行動だな。欲求不満か?男がダメなら外で女でもナンパしてこいよ」 「………そうじゃなくて…、たぶん寝ぼけてた」 「…は?」 「雅が帰ってくるまでうたた寝してたから、ちょっとまだ寝ぼけてたんだよっ」 「………」 寝ぼけて襲われた俺の立場は…? 恥ずかしいのか、語尾が逆ギレっぽくなっている静輝に対して溜息が零れる。 「…で?目は覚めたのか」 ジロリと睨んで問うと、「覚めた」とハッキリ返事が返ってきた。 「そりゃ良かったよ。…って事で俺は風呂入るから。もうお前寝とけ。また寝ぼけられたらたまらない」 多少の嫌味が含まれた口調だったのは仕方がないだろう。 いまだに壁際から動こうとしない相手にそれだけ言葉を残し、今度こそバスルームへ足を向けた。 だから俺は気付かなかった。 一人になったリビングで、静輝の顔がそれまでの情けない表情ではなく、何かを思い悩むような真剣な表情になっていた事を…。

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