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第3話

◇・・・◇・・・◇・・・◇ 「あの、雅くん!」 昼休み。 廊下の途中で呼び止められて振り向けば、先週抱いたセフレの内の一人が、顔を赤くして立っていた。一つ上の先輩。確か名前は、松本…だったか。 手をギュッと握りしめ、目を潤ませて必死に見つめてくるその姿に、何故呼び止められたのかをすぐに理解した。思わず舌打ちが出そうになるのをなんとか押しとどめて、話を聞く態勢だけは整える。 「…なに?」 「あの…、あの…」 モジモジとして中々言葉を発さない様子に、今度は溜息が零れそうになった。 「用がないならもう行くけど」 「あのっ!……雅君、…あの…、僕…、セフレとかじゃなくて…、本当に、付き合ってほしいんだけどっ!」 「………」 堪えていたはずの溜息が盛大に零れ落ちた。それを聞いた相手は、怯えたようにビクっと体を震わせる。 「勘違いするな。アンタがセフレでいいって言ったから抱いた。それだけだ。恋人関係を望むようなセフレはいらない。最初に俺はそう言ったよな?」 面倒臭くてついつい声が冷たくなる。前髪をかき上げながら苦々しく舌打ちをすると、泣きだしたそいつに背を向けて歩きだした。 「約束を守れないなら、アンタの事は二度と抱かない。じゃあな」 そう言い残して後ろ手に片手をヒラヒラと振り、昼飯の気分じゃなくなった…と、そのまま足を屋上へ向けた。 「あー…、疲れる」 溜息混じりに呟きながら開けたドアの先には、秋特有の高くて青い空が広がっていた。 吹き抜ける風が心地良い。心の片隅に残る重苦しい気分が、さらりと浄化されるようだ。 とても人と話す気分じゃなかった俺には、誰もいない屋上はまさにうってつけの場所。 歩み寄ったフェンスに背を預け、同時にカシャンとなる金属音を耳に入れて目を閉じた。 ―――さっきの泣き顔が頭から離れない。 恋人関係を望まないというのが最初の約束事だったとはいえ、愛もなく単なる暇つぶしと性欲処理でセフレを抱いている自分が一番悪いという事は、痛い程わかっている。ハッキリ言って最低だ。 けれど、心の隙間を埋めるには、快楽に身を沈める事が一番てっとり早くて簡単。 …例え、後に虚しさだけが残るとしても…。 「…何してんだろうな、俺は…」 ふと脳裏に静輝の顔が浮かんだ。 アイツはいつも楽しそうにしている。部活にも力を注ぎ、皆に好かれて友人も多い。たぶん、俺とは正反対の位置にいる人間。 それなのにどうして上手く付き合っていけるのかというと、アイツが屈託なく接してくれるから。 俺の素行を軽蔑するでもなく無視するでもなく、自然体で接してくれる。それにどれだけ助けられている事か。 昨夜の行動には本当に驚かされたけれど、寝ぼけてしたと言われた時には あまりにもらしくて大笑いしてしまった。 …まったく、アイツは本当に…。 「な~に笑ってんだ?二年の王子様は」 突然、間近から聞こえた揶揄するような低い声に、驚いて目を開けた。 心の内側に入り込み過ぎていたのか、ここまで近づかれるまで気付かなかったなんて、あまりに神経が鈍っているんじゃないかと自分を疑ってしまう。 下に落としていた目線を上げながら、いつの間にか真正面に立っていた誰かに「なんだよ」と言いかけたが、結局言葉は発せられなかった。 …何故…この男がこんな所に…。 目の前に立っていたのは、思いもよらない人物だった。 190㎝に届きそうな程に高い身長。部活はやっていないものの、空手は黒帯だという噂を事実だと証明できるほど厚みのある体躯。 銀色の短髪と大きく鋭い双眸は、何故か俺にホワイトタイガーを連想させた。 三年の御堂龍司(みどうりゅうじ)。 中等部の頃から周囲を圧倒するオーラを持ち、いつの頃からか『キング』と呼ばれるようになった、学校内で中高問わずいちばんモテている男。 そして、最も危険な人物として知られている男。 その本人が、何故か目の前に立ってシニカルな笑みを浮かべて俺を見ていた。 「…王子様ってなんですか。変な呼び方しないで下さいよ」 相手が御堂だからといって、大人しく遠慮するような俺でもなく…。 顔見知りですらない先輩相手に言葉づかいは多少改めたものの、愛想の“あ”の字もない態度で吐き捨てるように言い放つ。 けれど御堂龍司は怒るでもなく、楽しげに眼を細めるだけ。 器が大きいのか、細かな事にこだわらないのか…。まともに話した事もない俺には、判断のしようがない。 「2年の斎雅(いつきみやび)って言えば、高等部の王子様じゃねぇか」 ククッと笑いながら言われた言葉に、思わず「…は?」と固まってしまった。 誰だ、そんなくだらない呼び名を広めたのは。

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