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第4話

ただでさえ疲れてるっていうのに、意味のわからない言葉のせいで余計に疲れてきた。それに、何故この人が俺に話しかけてくるのか、そこからしてまず意味がわからない。 目の前から突き刺さる視線が強すぎて、息が詰まりそうになってくる。 「そういうの、どうでもいいんで……」 居心地の悪い空気から逃れたくなって、寄りかかっていたフェンスから背を起こした。 和やかに話す相手でもないのだから、付き合う必要はないだろう。 そう思って軽く会釈してから歩き出そうとした。が、 カシャン! 「…っ…!」 離れたはずの背がフェンスに逆戻りしていた。 それも、ぶつかるような衝撃と共に。 「…な…にを…」 肩甲骨に受けた地味な痛みに、困惑と苛立ちで目付きが剣呑になる。 片手で俺の肩を突き飛ばし、フェンスに叩きつけるように押し戻させた張本人を、遠慮もなく睨み上げた。 いくら先輩といえども、ここまでされる謂われはない。 だが、睨まれた本人は何が楽しいのか、その口元を愉悦の形に歪ませて俺の両サイドに手を伸ばし、フェンスを鷲掴んだ。必然的に距離が縮まる。 見下ろしてくる双眸には、自分の思う通りにならない事はない…という傲岸不遜な自信が満ち溢れていた。 お互いの間にある空気が、御堂の熱気で沸騰しているかのように熱い。息が詰まる。 ただ見つめられているだけなのに、この圧迫感はなんだ。 絡み付く視線を無理やり外し、顔を横に背けた。そこでようやく喘ぐように息が出来るようになる。 「雅」 だが、耳元に微かに触れる位置で呼ばれた名前に、何かがゾクリと背筋を這い上がった。 空気を震わせる低い声が、直接鼓膜に流れ込む。それは、振動となって脳内を揺さぶった。 「俺のモノになれ」 「………は?」 思わぬ言葉に、今の体勢も忘れて相手を振り仰いだ。 「…っ」 髪一筋分、それだけ動けばお互いの唇が触れてしまう距離に、またも息が詰まる。 獲物を捕えるような鋭く獰猛な眼差し。先程まで浮かべられていた笑みは、綺麗に消え失せていた。 「…何を…言って…」 どう見たって、御堂龍司は抱く方だ。まかり間違っても天変地異が起きても、抱かれる側にまわる事などないだろう。 けれど、それは俺も同じだ。抱かれる側なんて一度たりともなる気はない。 「俺は本気だ。お前の事はかなり前から知っている。お前が“抱く方”の側だって事もな」 「…それがわかってるなら意味がな、」 「だが、それは別に大した問題じゃねぇ。抱く側から抱かれる側に変われば済む話だ」 俺の言葉を途中で遮って放たれた言葉に、顔が強張ったのがわかる。 抱かれる側に変われば済む話って、それはいったいどっちの事を言ってるんだ? 額に嫌な汗がジワリと滲む。時折通り抜ける風がその額を冷やすが、今の俺にはそんな事すら感じとれる余裕はなかった。 …この流れでいくと、抱かれる側に変わるっていうのは、俺の方…なのか…? 「…っざけないで下さい!」 いい加減、この近しい距離にも嫌気がさす。右手で相手の胸元を力任せに押しやった。けれど、さすが黒帯の猛者。ビクともしない。 そんな状態に焦燥感を抱いた俺を見ていた御堂は、喉の奥でクククっと笑い声を上げる。 「ふざけてんのはお前の方だ。拒否権なんてない。これは『宣告』だ」 「…なっ…ぅ…ん!」 獰猛な獣に噛み付かれた。 そうとしか言いようのない荒々しい口づけ。…いや、口付けなんて可愛らしいものじゃない。貪りつかれるように食い荒らされる。 「…ふ…ッ…ン」 背にあるフェンスがカシャカシャと鳴る。大きな唇が俺の口元を覆い尽くし、唾液どころか吐息すら食らい付かれて奪われる。 髪を鷲掴みにされて力づくで仰向けさせられ、もう片方の手で顎を固定され、逃げることすら許されない。 「ン…ッ…ぅ…ぁ」 相手の腕を掴んで離させようとしても、鍛えている御堂の太い腕は全く動じない。 それどころか… 「…い…ンぁっ」 足の間に御堂の片足が割り込まれ、その膝頭で下半身の中心部を擦り上げられた。これには堪らずに大きく体を震わせる。 声が出ると同時に大きく開いた唇の内へ、御堂の舌が最奥まで突っ込まれていく。 口腔内は完全に征服され、縦横無尽好き勝手に舐め回される。口の端からは唾液が零れ落ち、顎先に滴った。 あまりに激しすぎたのか、どこからともなく錆び臭い血の味を感じて、その味にクラクラと眩暈を感じる。 下半身に与えられる緩い快楽と、根こそぎ奪われる乱暴な口付けに、とうとう体から力が抜けた。ガクンと膝が崩れ、フェンスを伝って下に崩れ落ちる。 俺のそんな状態をいち早く察した御堂は、そこでようやく唇と体を離した。 座り込み、荒い呼吸のままワイシャツの胸元をギュッと握りしめて体の熱に耐えるしかできない。 そんな俺を見下ろしていた御堂は、同じく荒げた呼吸のまま口端を笑みの形に吊り上げた。 「雅、逃がさねぇぞ。お前は絶対に俺のモノにする。覚悟しておくんだな」 「…ハ…ッ、馬鹿言ってんな。…そっちが、俺に抱かれるって言うなら…、考えてやるよ…ッ…」 ここまでされておいて丁寧に接するつもりもない。完全にタメ口だったけれど、御堂にとってはそれすらも煽りの要因になったのか、 「その強気な態度…、啼かせて壊してやりてぇよ」 まるで舌なめずりする野生動物のように、欲望に掠れた声で言い放った。

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