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第5話

「あー…、本当に最悪…。厄日か今日は」 今日の昼休みの事を思い出すと、それだけで頭が痛くなってくる。 あの後、授業開始の予鈴が鳴ったから良かったものの、チャイムが鳴らなかったらと思うとゾッとする。 自室のベッドで仰向けに寝転がり、片腕で目元を覆っていても、瞼の裏に浮かぶのは去り際のアイツの自信たっぷりな顔。 アイツのせいで夕飯すら食う気になれなかった。そのせいで、21時になった今、非常に腹が減っている。 食堂は21時に閉まってしまう為、今行っても意味がない。だからと言って、22時までやっている購買までわざわざ買いに行くのも面倒だ。 …何もかもが面倒臭い…。 御堂の事だ、俺をからかう為の冗談だったとしても、直接言ってきたからには退屈しのぎ程度には実行するだろう。 これが俺よりも細身で、「抱いてくれ」と言ってくる相手だったら何もここまで気分が落ち込む事もない。一度だけでよければ抱いてやる。それで終わりだ。 けれど、あの堂々たる体格の御堂が俺を「抱きたい」と言ってくるなんて…、考えたくないけれど、最悪の事態を想像してしまう。 「…冗談じゃない」 早鐘のように鼓動を刻む心臓に息苦しさを覚えて、拳を堅く握りしめた。 明日から学校に行きたくないなんて、どこの登校拒否児だよ。それも理由は貞操の危機。ここまでくると、なんだか笑えてくる。 コンコンコン 自嘲するように口元を歪めた瞬間、突如として聞こえた軽いノック音に、フッと我に返った。 「雅?入っていいかな?」 耳慣れた静輝の声。 ゆっくりと上半身を起しながら、ドアに向かって声をかけた。 「あぁ、開いてる」 カチャリとノブが回り、いつものように穏やかな表情をした静輝が部屋に入ってくる。けれど、ベッドの上にいる俺を見た途端に眉を寄せた。 「雅、もしかして調子悪い?」 「…?」 何故突然そうくる…と思ったのは一瞬、夕飯も食べずにベッドにいるとなれば、体調不良だと思われても仕方がない、という事に気が付いた。 なんとなく自分が情けなくなって、苦笑いが浮かぶ。 「全くもって問題ない。眠かっただけ」 そう言ってベッドから下りると、ようやく静輝の顔に穏やかな笑みが戻った。 「それならいいけどさ。夕飯も食べてなかったみたいだから、ちょっと心配してた」 「ダイエット中だから放っておけよ」 「どこにダイエットする程の余分な肉があるんだよ…。逆に雅はもっと食べなさい」 「はいはい」 このままいくと確実に、日々の生活を改めろ、という流れになりそうだ。それは勘弁してほしい。 とりあえずリビングの方へ行こうと静輝を促して自室を出た。 部屋から出る際、ドア横に立っている静輝の脇腹に軽く拳を入れて通り過ぎたのは、単なる嫌がらせ。鍛えている静輝には、痛くも痒くも無いはずの小さな攻撃。「うっ」という声が聞こえたような気がしたけれど、きっと気のせいだろう。 そのまま冷蔵庫に向かい、中からアイスティを取り出して静輝の分もグラスに注ぐ。 「…あぁ、そういえば静輝に聞きたい事があったんだ」 クッションの上に座ってテレビのチャンネルを選択している静輝の前にグラスを置いてそう言うと、「ん?」と首を傾げて見上げられた。 穏やかな大型犬、さしずめゴールデンレトリバーのような静輝の姿に、訳もなく優しい気分になる。 ローテーブルの上に自分のグラスも置いて、黒いラグの上に座った。 「御堂龍司、知ってるよな?」 「え?」 俺の口から出るにしては意外な名前だとでも思ったのか、静輝が驚いたように目を見開いた。それはそうだろう、あんな事がなければ俺とはなんの接点もない人物だ。 「アイツってどんな奴?俺は噂でしか知らないから、いまいちどういう奴なのかわからないんだよな…」 溜息混じりに言ってから、アイスティを口に含んだ。 名前を口にするだけでムカつくけれど、アイスティの爽やかな香りが少しだけ気分を落ち着かせてくれる。 「…なんで今更、御堂先輩の事聞くわけ?」 「まぁ確かに、今更、だな」 静輝の疑問に、フッと笑いが零れ出た。 中等部からずっと一緒の敷地内で生活をしていても、御堂に興味を示した事はない。全校生徒の中で知らぬ者はいないと言えるほど有名人にも関わらず、俺にとっては本当にどうでも良かったから、気にも留めなかった。 御堂がいくら危険な魅力に溢れるイイ男だと噂になっていても、俺にはまったく関係ない。それなのに、高二の今になって突然御堂の名を出せば、おかしく思われても仕方がないだろう。 だからといって、御堂の事を知りたい本当の理由は絶対に言いたくない。特に、この学校内で俺の事を一番よくわかっているだろう静輝には。

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