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第6話
「…光が、裏で出回ってる人気ランキングで俺と御堂の順位が競り合ってる、なんて言ってきたから、そう言えばそんな奴いたなって、ちょっと気になったんだよ」
笹原光 、俺のセフレの中でもいちばん長続きしている小動物的な可愛い後輩。
その名前を出したら、それまで静輝の顔に浮かんでいた疑惑の表情が納得したものへと変わった。
「あー…、闇ランキングね。でも競り合ってるっていうか、御堂先輩が王で雅が王子って位置づけだったから、競り合うって言うのとはちょっと違う気がするけどな~…」
「…は?」
何気ない静輝の発言に、違う意味で驚いた。
裏ランキングなんて興味もなさそうに思えた静輝が、そこまで詳しく知っている事が意外だった。おまけに、
…アイツにも王子様がどうのこうのって言われたけど…、そういう事だったのかよ…。
理由がわかって溜息が零れる。
今日一日で、いったい何回の溜息を吐いたのかわからない。普段の一ヶ月分に相当するんじゃないだろうか。その原因がほぼほぼ御堂だと思うと、余計にうんざりする。
「御堂先輩って、背はでかいし黒帯なだけあって醸し出すオーラは半端じゃないから、一種独特の位置に据えられてる人なんだよね」
「独特の位置?」
「うん。三年の運動部員にも一目置かれてるって感じかな。誰も気軽にタメ口きけない…みたいな。なんていうか、取り巻き化しちゃう…って感じで」
「…あぁ…、わかる気がする」
あれだけ獰猛な気配を出していれば、同等にタメ口で話せる奴は少ないだろう。“虎の威を借る狐”は多そうだけどな。
「静輝は、御堂と直接話した事あるのか?」
「部活中に時々体育館に顔を出すから、挨拶ぐらいはした事あるけど…」
「へぇ…。どんな感じ?」
「………」
何気ない口調でテレビを見たまま話を続けるはずだったのに、突然静輝からの返答が止まったせいで不自然な沈黙が訪れた。
「…なんだよ」
テレビから視線を外して静輝を見ると、また妙に疑惑的な眼差しが向けられている。全身から『怪しい』と訴える雰囲気が溢れ出ているのを見て、さすがに少ししつこく聞き過ぎたと自覚した。
さりげなさを装って視線を前へ戻し、引き攣りそうになる口元を片手で覆って隠す。ついでに咳払いもしてみたけれど、それが余計だったのか、尚更強い疑惑オーラが立ち昇った。
「…雅…」
「なに」
「なんでそんなに御堂先輩の事気にするわけ?あの人と何かあった?」
ホンワリしているから一見鈍そうに思われる静輝は、実は結構感が鋭い。人を見る目があるとでもいうのか、人の機微に敏感に反応するのは前々から知っていた。
でも、それが俺に向けて発揮されるとなると厄介だ。特にこんな時は。
「べつに、何もない。ただの好奇心」
「…ふぅ~ん…」
物凄く含みのある“ふぅ~ん”が、グサグサと突き刺さって居たたまれない。
不貞腐れたように両眼を眇めてこっちを見ている静輝の様子を見て、御堂の事を聞いたことを後悔した。だからと言って、こんな事を聞ける相手は静輝しかいないのだが…。
「何をそこまで疑ってんだよ、たかが先輩一人の事を聞いたくらいで」
溜息混じりに言い捨てて、まだ半分ほど残っているアイスティを一気に飲み干した。これ以上突っ込まれる前に話を切り上げた方がよさそうだ。
シャワーを浴びてから自室に戻ろうと、グラスを持って立ち上がる。
「…惚れた?」
「…は…?」
座ったままの静輝に背を向けて歩き出そうとした瞬間、何か妙な言葉が耳に入ってきた。
咄嗟に振り向くと、真剣な目をした静輝と視線が絡まる。
惚れた?…って、誰が、誰に…?
思考回路上で事故が起きたように情報が行きわたらず、頭の中が白くなる。
「…誰が、誰に…、…なに?」
何かが喉に絡んで上手く言葉が発せない。
声が掠れてしまっている事が、俺の動揺をハッキリと表していた。
「雅が御堂先輩に惚れた?って言ったんだよ」
「…ッ…あるわけないだろそんな事!」
再度聞こえた内容に、思わず声を荒げた。
俺がアイツに惚れただと?馬鹿な事言ってんな!
勘違いも甚だしい言葉に、苛立ちが湧き起こる。そして昼休みの御堂の言動と行動を思い出し、尚更激しい怒りがこみあがってくる。
ぶつける相手が違うと…、八つ当たりだとわかっていても、止められない。
「ふざけるなよ、静輝。なんで俺があんな俺様野郎に惚れなきゃならないんだ。くだらない事言ってると、いくらお前でも本気で怒るぞ」
基本的に俺は感情の起伏が少ない。よく周囲からは、冷めていると言われる。多少イラッとする事はあっても、本気で怒る事もそうない。もっと言えば、静輝に対しては怒った事自体なかったはずだ。
そんな俺が『本気で怒る』と口にした事に対して、静輝は何か思うところがあったんだろう、「…ゴメン」と申し訳なさそうに一言呟いて顔を俯かせた。
その様子に、グッと奥歯を噛みしめる。
静輝は何も悪くない。御堂の事で俺が情けなく狼狽えているだけで、その八つ当たりをしてしまったに過ぎない。それなのに、暗い顔をさせてしまった事に、ひどい自己嫌悪を感じた。
「…いや…、俺が悪かった。もう御堂の事はどうでもいい。今の会話は全部忘れてくれていいから」
「………」
俯いたままの静輝から返事を待つこともせず、気まずい思いを抱えたまま流しにグラスを置いてバスルームへと向かった。
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