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梅雨時の朝
雨の日が好きだ。雨の日にしか会えない人がいるから。その人に会えるなら、毎日が雨でも構わない。晴れの日なんていらない。
今は梅雨時。
まだ日の昇らない午前五時。目覚ましの音で 柊 時雨 は目を覚ます。ピピピピとうるさい時計をカチャッと止め、完全に起きていない体を無理矢理起こし布団からでる。部屋には大きな窓が一つ付いていて閉まっているカーテンを少しだけ開ける。
窓の外では朝から小鳥が勢いよく飛んでいた。雨は降っていない。
「・・・なんだ。雨、降ってないじゃん」
時雨は昨夜見ていたニュースを思い出してみた。お天気お姉さんが「明日の朝は雨が降るかもしれません」と報道していた。それを聞いていた時雨は心の中で雨が降ることをとても期待していた。が、降っていないどころか雲一つない綺麗な空をみてため息をこぼす。肩を落とし、再び布団の中に身を投げると今度はアラームを六時にセットして二度寝した。
六時になると再び目覚ましによって起こされる。カーテンを全開にして部屋の空気を入れ替えた。
窓を開けた瞬間、澄んだ空気が肌をかすめ、息を吸うと少しだけひんやりとした。
部屋を出て顔を洗うと寝ぐせだけを直し、リビングへ行く。扉を開けると母の美穂と弟の誠がすでに起きていて朝食を食べていた。
時雨に気が付いた誠は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。
「おはよう、時雨兄さん!」
「・・・おはよう」
いつもお通りの元気な挨拶をしてくれる誠に対して、時雨もいつも通りの素っ気ない挨拶を返す。
美穂が「おはよう」と言ってキッチンにいき、パンかお米かどちらを食べるか尋ねると時雨はパンを選んだ。
美穂がパンをトースターにいれている間に、時雨は自分のマグカップにコーヒーを入れる。
パンが焼けると、マーガリンを薄く塗り冷蔵庫の中から作り置きしてあるサラダを取っていつもの自分の席に座る。
ご飯を食べながらボーっとニュースを見ていると今日の天気を報道していた。
内容は、今日は晴れるが明日は一日雨。洗濯物を干すなら今日がベスト、といったものだった。
それを聞いた時雨はサラダを食べていた手と口をピタリと止め、テレビをみつめる。
(明日は、雨)
時雨は心の中で何度も「明日は雨」と繰り返す。今朝の重い気持ちがその言葉でどこかへ行ってしまうくらい嬉しかった。
すると、隣に座っていた誠が時雨の顔を覗き込む。
それに気が付いた時雨はビクッと驚く。
「な、なに?」
「・・・時雨兄さんが嬉しそうな顔してるなって」
「え?あ、いや、別に」
自分でもわかるほどに緩んでいた頬を何もなかったかのように戻す。そして誠から目を反らした。
「ふーん。時雨兄さんは本当に雨の日が好きだね」
その言葉に反応してチラッと誠の顔を見るとニッコリと微笑んでいた。その顔が何故か不気味に思えて、背筋がゾクリとする。
時雨は急いでパンとサラダを口の中に押し込んでコーヒーで流し込む。
「ご、ごちそうさまっ」
食器を足早にシンクへと運び自分の部屋へと戻る。
中に入るとなぜか力が抜けて床に座り込んでしまった。
(バレた?いや、そんなはず・・・。あの人だけは、あの人と会っていることだけはバレないようにしないと・・・)
時雨は少し前から誠が怖いと思うようになった。理由は、誠のブラコンが悪化してしまっえいるような気がついたから。誠が時雨に対して持っている感情が兄弟愛ではないことに、時雨はあるとき気づいてしまった。そう思う理由もきちんとある。だからこそ怖いのだ。
しばらくして落ち着くと、学校に行くための支度をした。教科書や課題をバックの中に丁寧に入れ、制服に着替えた。歯を磨き終えると鞄をもって玄関へと向かう。
靴を履いていると、キッチンから美浦がでてきた。
「今日私帰りが遅いのよ。だから悪いんだけど夕飯作ってもらってもいいかしら」
「仕事?別にいいよ」
「うん。夜が私以外他に入れる人いなくて。いつもごめんね」
そう言って申し訳なさそうな顔する美浦に時雨は首を横に振った。
「いいよ。俺、料理するの嫌いじゃないから」
「・・・ありがとう、時雨」
そういって少し悲しそうな顔で微笑む美浦。
時雨たちの父はすでに他界していて、今は美浦の稼ぎと父の残した莫大な遺産で生活している。昔から体が弱く、美浦と結婚してからは自分の命がそう長くないことを知った父は無理のない程度に働き、家族の為にと稼いだお金はほとんど貯金へとまわしていた。
しかしいつかは尽きてしまうものだから、と美浦は遺産をあまり使わずに、昼間から働きに出ている。基本は夕方に終わるのだが、残業や夜に少し仕事が入ったりする。そんなときは基本的に時雨が夕飯を作ることになっている。
「行ってきます」
「気を付けて。行ってらっしゃい」
軽く手を振り家を出た。外は雨など降りそうもないくらい見事に晴れていて、あまりのまぶしさにぎゅっと目を瞑る。
(・・・お天気お姉さんの嘘つき)
心の中で悪態をつきながら歩き出す。
ゆっくりと歩いていると、後ろから誠の声が聞こえてくる。
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