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友達と弟

「兄さん!ちょっと待って、ちょ、兄さん!」  無視を決めてわざとペースを上げて歩いていると、急に右手をグイッと引っ張られて少しだけバランスを崩した。 「あっ、ぶな・・・」 「ご、ごめん、兄さん・・・」  誠は握っていた手をすぐに離す。申し訳なさそうな、今にも泣きだしそうな顔を向けられ、自分にも少なからず非はあったと思い、喉元まで出ていた言葉を何とか呑み込む。そして何もなかったかのようにまた歩く。 「時雨兄さん、本当に、ごめんね・・・」 「・・・別に」  いつも明るくて元気な誠がこんなに静かになるのは珍しいことだ。が、特に声掛けをするでもなく、ただ黙って歩く。  誠はいま中学三年生で時雨が高校一年生。誠は昔から外で動くのが大好きで、よく動き、よく食べ、よく寝て、今では時雨より背が高く、力もある。時雨はそんな誠とは正反対で、俗にいうもやしっ子。色白く、骨と皮のような細さ。誠に力で勝つのは、きっともう無理だろう。 (・・・ほんと、俺よりでかくなったなぁ)  まだしょぼくれている誠の横顔をチラリとみる。タイミングよく時雨の方をみた誠と目があい、一瞬で目を反らす。 しばらくすると、道が二つに分かれているところまで来ていた。右が時雨の通う高校へ、左が誠の通う中学校へと続いている。  何も言わずに右へ進もうとする時雨の手を、今度は壊れ物を扱うかのような力で誠がつかむ。 「兄さん、さっきは急にあんなことして・・・本当にごめんなさい・・・」  いつまでも気にしている誠に時雨はため息をつきながら誠に近づき、バシッとデコピンする。 「イタッ!」 「嘘つけ。そんな痛くないだろ。てか、気にしすぎ。別に怒ってるわけでもないから、早くいけ。学校遅刻するぞ」 「兄さん・・・うん。ありがとう!」  やっといつもの笑顔を見せると、元気よく手を振りながら中学校へと走って行った。その後ろ姿が消えるまで見届けると時雨も時計を見て、あまり時間がないことに気が付き急いで学校へと向かう。  学校のすぐ近くまでくると、後ろから肩をポンと叩かれる。 「よ。おはよう、時雨」 「・・・おはよ」 「元気ないなぁ。どした?なんかあった?」 「別に。いつも通りだよ」  中学校からの唯一の友達と呼べる人間 神崎 翔 がいつも通りのテンションで時雨の肩に腕を回す。翔は体つきもしっかりしていて振り払えないことなど昔から知っている時雨は、無駄な抵抗というものを高校入学と同時にやめた。今となっては日課のようなものになっている。 「あ、あとで英語のノート少し貸してくんね?昨日宿題やんの忘れちゃって」 「いいけど、見返りは?」 「お前の好きなコーヒーゼリーでどう?」 「のった」  二人はくだらない話をしながら教室へ行き、ホームルームが始まるまでずっと話していた。するとノートを見ながら話していた翔がふと何かを思い出したように時雨をみた。 「そういえばさ、この間お前の弟久しぶりに見たんだけどさ、すげぇ背伸びてたな」 「・・・え?」  弟、という単語に少しだけ過剰に反応する。 「どこで、みたの?」 「あー、お前の家の近くに公園あるじゃん?そこで見かけた。なんかめっちゃ公園見てたけど、あんとき別に誰かがいたわけじゃないんだよな。んで、俺と目が合ったら足早にどっか行っちゃったんだよね」 「公・・・園」  時雨は嫌な予感がした。変な汗が背筋を伝い、息が詰まる。 「時雨?どした?」 「あ・・・いや。そう、なんだ。何してたん・・・だろう、な」  意識が一瞬どこかへとんでいた。言葉が詰まる。誠は怖い。何をするか分からないから。何を考えているのか、理解できないから。 「・・ぁ、なぁ、時雨?」 「え?」 「大丈夫?なんか変だぞ?」 「あ、いや、何でもないよ。大丈夫」 「ふーん。あ、健ちゃんきた」

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