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第4話 ちょっといいこと〈佐波目線〉
その日の夕方はサークルで、他大学との練習試合が企画されていた。
大和とは、朝の気まずい雰囲気を引きずったままである。昼からバイトがあるといって、謝る間もなく大和はすぐ帰ってしまったのだ。
俺も打ち合わせがあったから、お互いにそのまま体育館に現地集合。
さっきロッカールームで一緒になったもののどういう表情をしていればいいのか分からず混乱した挙句、俺はまた、ぷいっと大和から目をそらしてしまった。謝りたかったのに、朝の失言を謝りたかったのに……!!!
ついさっき出番を終えたばかりの俺は、タオルを頭からかぶってベンチに座り、ため息交じりに大和の勇姿を見守った。
ボールの弾む音とプレイヤーたちの歓声が響く体育館は、いつにも活気がある。相手は同じく都内の私立大学で、学費の高さに比例するように、どの学生の身なりも派手だ。だが、コートに立つメンバーから伝わってくる熱意はなかなかのもので、東学 の選手らとの間に実力差はあまり見られない。
俺はスポーツが好きだ。
中でもバスケが一番身体に合う。身体を動かしていると楽しいし、そのゲームに集中している間は、何も考えなくて済む。そうして爽やかなスポーツマンをやっていると、自分がマイノリティな存在であるという卑屈な思いを忘れられた。
SNSでやり取りをし始めてすぐ、大和もバスケ好きだと知って、俺たちの距離は急激に近づいた。バスケをやってて良かった。俺を強引にスポーツ少年団に引っ張り込んだかつての友人たちに、心から感謝したい。
俺は内心、西の方角に向かって合掌しつつ、大和の得点シーンに盛大な拍手を送る。(本当は、コート脇で黄色い歓声を上げる女子マネージャーに混じってキャーキャー言いたい)
いつにも増して凛々しい表情でボールをつなぎ、軽やかに走り、よく通る声で仲間達を鼓舞する大和の姿は、選手の入り乱れるコートの上でも、素晴らしく光り輝いて見える。
今日の大和は黒いタンクトップにオレンジ色のビブスをつけていて、引き締まった二の腕がとてつもなくセクシーだ。健康的な肌の上に、きらきらときらめく汗。それを時折、ユニフォームの裾で拭う仕草がたまらなくかっこいい。なぜなら、大和の引き締まった腹筋がチラ見えし、ものすごくそそられるから……。
――あぁ〜〜〜〜〜もう、ほんま、ほんまにもうっ…………ッ……!!! 汗だくの大和めっちゃエロい……!! 汗に濡れたそのエロい身体で、俺のことぎゅっとしてくれへんかな……最高やろな…………ハァ、ハァ……♡
頭からタオルをかぶっていなければ、きっとデレデレのトロトロに蕩けた顔を不特定多数の学生達に見られてしまっていたことだろう。だが、それではいけない。一応俺はモデルだ。ブランドを背負って立つ顔なのだ。だからこそ、俺はいつでもクールビューティでいなければならない……!
だが、きらめく汗を弾けさせながら息を弾ませる大和の姿に、ついついセックスのメタファーを感じてしまう。
真剣な表情でボールの動きを読み、選手らの動きに目を光らせる大和の眼差し、薄く開いた唇からはぁ、はぁと漏れるあの吐息、そして熱さに濡れたあの艶肌……それらがすべて、俺の目の前に、俺だけのために存在してくれたら…………。
「……うぐ……」
「ん? 佐波っち、どした?」
「す、すまん。ちょっとトイレいく……」
「え、大丈夫?」
「うん、大丈夫大丈夫」
突然下腹を(というか股間を)抱えてうめき出した俺を心配する仲間に適当なことを言って、俺はそそくさと体育館を出た。
しんとした廊下を突き抜けて、出入りの多いトイレを素通りし、俺は静かなロッカールームに駆け込んだ。一年生の控え室として使われている部屋だ。セレブ大学のなせるわざか、この体育館は高級スポーツクラブ顔負けに設備がいい。
俺は壁際に並んだロッカーの間を抜け、部屋の奥に並んだ洗面台に駆け寄った。そして、冷たい水道水で思いっきり顔を洗う。だが、冷水で顔を洗ったところで、下半身に篭ってしまった熱が引いていくわけがなく、俺はいきり勃ちかけている股間をぎゅっと押さえた。
――あかん……もう、欲求不満すぎてどうにもならへん……。もっと、もっと大和にくっつきたい。こんなんじゃ全然足りひんよ……。
だが、その原因が自分のツンケンした態度にあるということくらい、俺にもじゅうぶん分かっている。そろそろ、マジでそろそろこのひん曲がった性格をなんとかしなければ、本当に大和に捨てられてしまうかもしれない。
「……はぁ……どないしたらええんや……」
鏡の中には、ここ最近見ないほどにどえらくげっそりしてしまった自分の顔がある。濡れた前髪をかき上げて、俺は目の端に滲んだ涙を拳で拭った。
すると……。
「佐波!!? ここか!?」
「えっ……!?」
バタン!! とロッカールームのドアが開き、息を弾ませた大和が顔を出した。どうして、試合に出ていたはずの大和がこんなところに現れるのかと、ぽかんとしてしまう。
すると大和はつかつかと歩み寄ってくると、がしっと俺の左肩を掴んだ。俺も今日はタンクトップだったから、大和の体温を直に感じて、ビクッと身体が震え上がる。
――あ、あ、あっ……大和の、生肌……っ……ハァっ……はぁ……♡
「や、やや、大和、試合……は?」
「ハーフタイムだよ! 藤野 に聞いたんだ。お前が具合悪そうにして、トイレ行ったって」
「え……あ、ああ……そうなんや」
「でもお前トイレにいねーしさ! 誰かに拉致られたんじゃねーかって心配したわ」
「拉致って……はぁ? そんなんあるわけないやろ、アホなこと言いなや……」
心配そうな大和の視線が、くすぐったくて、嬉しくて。俺はまたしても反射的に、ぷいっと大和から顔を背けてしまった。そして内心、またやらかしてしまったと、盛大に後悔する。
洗面台に向き直る格好になっているから、真っ赤に染まった自分の顔が鏡に映っている。情けない顔だ。唇を噛んで眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに顔を歪めて……。見ているのも嫌になり、俺はとうとう俯いてしまった。
――大和、何も言わへん……。朝喧嘩したばっかやのに、これやもん……。やっぱり、また怒らせてしもたんやな……
「……お前、なんて顔してんだよ」
「えっ?」
不意に背後からかけられた呆れ声に、俺はハッとして顔を上げた。すると、鏡の中に大和の顔が写っている。さっきの情けない表情を見られてしまったのだろう。
大和の前では、かっこいい『黒崎佐波』でいたいのに、なんたる失態か……!! とひそかに冷や汗をかいていると、不意に背中が急にあたたかくなった。
ふわりと、背後から大和に抱きすくめられている。
――えっ……!!?? えぇええ!!??
「佐波って、そっぽ向いてる時いつもそんな顔してんの?」
「しっ…………し、してへんわ!! そ、そんなわけ……っ」
「本当? じゃあ、こんなことしたら、どんな顔すんの?」
「えっ…………ぁっ……ん!」
ちゅ、と大和の唇が俺の剥き出しの肩に触れた。それだけのことで、ゾクゾクゾクッ……!! と全身に甘い痺れが駆け巡る。
お互いタンクトップで露出が多いし、しかも大和は試合を抜けてきたばかりで汗だくだ。熱く熱を孕んだ瑞々しい肉体に包み込まれていると、大和の匂いを強く感じて、バックンバックン!! と心臓が大騒ぎをし始める。
すると大和は、肩から首筋の方へと唇を滑らせて、ちゅ、ちゅっ……とリップ音を立てながら俺の首筋を吸う。そうされながらも、俺は腕の中にしっかりと閉じ込められているせいで、まるで身動きが取れない。
しかも、鏡の中には、大和に抱かれて恍惚とした表情を浮かべる自分の姿が写っていて……。
――ウワァァァァア!! な、んんこれっ……!! こんな顔見たないねんっ……!! 自分のこんな顔とか、こんなっ……!! 恥ずかしすぎて……!!
必死に顔を背けようとしたそのとき、大和がすっと目線を上げた。鏡ごしに目が合えば、まるで金縛りにでもあってしまったかのように動けなくなる。おとなしくなった俺を見つめながら、大和は小さく舌を覗かせて俺の耳をぺろっと舐め上げた。
「ぁんっ……! ちょっ……何し……ァっ……」
「佐波、身体冷えてんじゃん。試合の後、ちゃんと汗拭いた?」
「ちゃうっ……お前が、熱いだけ……ンっ……」
「あぁ……俺、暑苦しいんだっけ。こういうことされんの、いや?」
「んふっ……ンっ……」
かり、と耳たぶを甘噛みされ、シャツの上から乳首を淡く撫でられて、ビクン!! と腰が跳ねてしまう。股間の方もすっかり盛り上がってしまっていて、柔らかな素材のハーフパンツは、無様なまでに俺の形を露見させてしまっている。
恥ずかしくて、でも、大和に触れてもらえることが嬉しくて、俺はふるふると首を振った。
「いややない……っ……」
「え、ほんと? 無理してねぇ?」
「してへんわ!! ……ほ、ほんまは……大和と寝るん、すき……好きやねん……」
「……まじで?」
もう一度、鏡の中で視線が絡む。ハァ、はぁ……と情けないほどにはしたない吐息を漏らす俺を見て、大和の目の色が明らかに変わった。
「佐波……すっげ、エロい顔してる……」
「っ……み、見んなハゲ!! ぁっ……ァぁ……」
「チンポもすげぇことになってんじゃん……はぁ……うわ、まじか……やべ」
「や、やだ……ぁ……見んな、って……!!」
するりと下に降りてきた大和の手が、俺の屹立を包み込む。ぐっと尻に押し付けられるのは、硬く昂ぶった大和のそれだ。立っていられなくなった俺が洗面台に手をつくと、密着した下半身が、さらにぐっと近づいて……。
――ふぁっ……やば、あかん、あかん……ッ……!! 大和のチンポ……めっちゃ硬……っ! しかも、想像してたんよりおっきぃ……ッ……♡
尻に押し付けられている、硬い剛直。実はまだ一度も拝んだことのない大和のペニスの質量を生々しく感じ、思わず唇から涎が伝う。
――こ、こんなんナカ挿れられたら俺……どうなってまうん……? こんな、こんなスゴイので……ナカぐっちゃぐちゃにされたら、俺っ……ハァ、ハァ……ン……♡
俄然興奮し始めた佐波とは対照的に、大和は突然真剣な顔になり、もう一度ぎゅっと俺を抱きしめた。そして、切羽詰まったような真摯な表情で、重々しく、こんなことを言う。
「……佐波……俺、もっとお前のこと、触りたい」
「へっ……?」
いやどうぞどうぞ今こそ存分に触ってください!! と俺は内心、諸手を挙げて大歓迎しているのだが、大和はまるで、人生の岐路に立たされているかのような真剣な顔をしている。
「佐波は……まだ、そういうのあんまりしたくないかもしれねーけど。俺は……佐波を抱きたいよ? お前のこと、気持ちよくしてやりたい」
「やっ……大和……」
ええもう、どうぞどうぞさぁどうぞ!!! 俺かてめちゃくちゃお前とセックスしたいです!! と、俺はその申し出に感涙を浮かべてしまうほど喜んでいるわけだが、大和はなかなかどうして緊張の面持ちである。俺はぴんときた。
――ああ……そうか。俺がいっつもツンケンして突っぱねて、こないだもキスの途中で噛み付いたりしたから、大和は俺が、そういうエロいことしたくないタイプやと思ってるんやな……。
「あ、あの……大和」
「あ、ごめん。もう行かねーと。俺まだ試合あるから」
「えっ、あの、でもそのソレ……」
「あー、えーと……ちょっとトイレで抜いてから行くわ! お前も……その、落ち着いたら戻ってこいな」
「へ……」
――この状態で放置やと……!!!? そ、そんな御無体な……ッ……!!
大和は照れ臭そうに微笑んで、チュッと俺の頬にキスをしてくれた。それだけでちょっと、先っぽから熱いものがとぷんと溢れ出したことについては、まぁ目を瞑るとして……。
「じゃ、先戻るな」
「ま、待って……!」
「え?」
「あの……今夜も、泊まり、くる……?」
渾身の思いを込めて、俺は大和にそう尋ねてみた。
熱の燻りまくったこの肉体を、大和に慰めて欲しかった。今日なら、素直になれそうな気がしていた。
だが大和は、困ったように頬を掻き、申し訳なさそうに「ごめん、今日夜バイト……」と言って……。
俺は心の中で、ガクッと膝から崩れ落ちた。
「あ、あっ、そっか、そっか〜……。うん、ほなまた今度……」
「う、うん、悪ぃ。また連絡するから」
「おう……。ていうか、はよ試合戻らなあかんやん! と……トイレもいかなあかんねやろ!?」
「あ、あははっ、そうだったわ。じゃ、戻るな」
「うん……」
弱々しい笑みを浮かべて大和を見送った後、俺はへなへなとその場にへたり込んでしまう。
だが、嬉しいこともあった。
「……大和……俺と、エッチしたいと思ってくれてるんや……」
大和は、俺を嫌いになっていないみたいだ。嫌いになるどころか、ちゃんと俺のことを考えてくれている。
しかも、もっと先へ進みたいと思ってくれているなんて……。
俺はぐっと拳を握りしめ、顔を上げた。
――大和のこと、めっちゃ好きや。ほんまに、こんなええ男二度と会われへん。……はぁ……今度こそ、今度こそちゃんと、素直に甘えたる……!!!
残りの試合をちゃんと見ようと立ち上がり、とりあえずシャワーブースへと直行した。
まずは、いきり勃ちまくった己の怒張を慰めよう。話はそれからだ。
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