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第3話 過剰な照れ隠し〈佐波目線〉
――はぁ…………かっこええなぁ…………。
俺の趣味は、大和の寝顔鑑賞。
――……いや、付き合ってんねんから、堂々と起きてるときにガン見したらええやないかっちゅう話なんやけど…………それは無理。恥ずかしくて無理。だって大和カッコ良すぎ。目ぇ合っただけで「アッ!」ってなって反射的に目を逸らしてまう……。
そういう自分を、そろそろなんとかしたいとは思っている……。
洒落っ気のある癖毛が、見た目よりもずっと柔らかいということは、触って確認したことがある。陽の光を溶かし込んだかのような優しい色をした茶色い髪と、コシのありそうな長い睫毛は同じ色。地毛でこのまばゆい茶髪とかどうなってんねん天然素材で天使やん……と見つめるたびに感動する。
健康的なみずみずしさを湛えた肌や、すっと通った鼻梁、薄く開いた唇を見つめるだけで、むずむずと大和に触れたい欲求が高まってくる。けど、触れてしまえば大和を起こしてまうかも……となると、やはり我慢するしかない。
――でも、ちょっとくらいなら……ええかな……。
大和の唇を見つめながら、俺は自分の唇にそっと触れてみる。
昨日は、大和と二回もキスできた。ちょっと乾いた自分のここに、大和のふっくらとした唇が触れ、あまつさえ舌まで……。
人前でするのはちょっと嫌だったけど、二度目のキスは二人きりのとき。しかも、あんなスゴイ……あんな、スゴイキスを……あんなっ……あんなエロいことを……!
――あああああああ〜〜〜〜〜〜〜もう、もうっ……!! なんあれ、なんなんアレっ……!! めっちゃ……めっちゃエロかったし、気持ちよかったし、イキそうやったし、俺を求めてがっつく大和、めっちゃかっこよかったし〜〜〜〜〜!!!
初めてのディープキスを思い出すや、顔がボボッと火を噴いた。
俺は両手を顔で覆い隠し、バターーンとベッドに倒れこむ。
――あぁもう……何でや。なんなんやこの体たらくは!!! 俺、もっとクールに器用になんでもこなせるやつやったやん……!! セレブで頭良くてスポーツできてモデルまでこなしてまうような、パーフェクトなイケメンやったはずやのに!! 何で、大和の前じゃこんななってまうねん……!!!
俺はそろりと、顔を覆う手の指を広げ、大和の寝顔を盗み見た。すると大和は「ぅ〜ん……」と可愛くもセクシーな寝息を漏らして両腕を万歳するような格好になり、再び寝息をたてはじめる。
しなやかな腕、半袖のTシャツの袖からチラリと覗く脇の毛、くしゃっと乱れた髪の毛さえ愛らしい。グラビアアイドル顔負けのセクシーポーズで寝乱れている大和の姿を見て、むくむくと下半身のほうまで元気になってきてしまった。
――あぁもう……!! ほんまはもっと、もっと楽しいこととか、いちゃいちゃとか、エロいこととかしてみたいのに……。
俺は好きでツンツンしているわけではない。本当はもっと、素直に大和に甘えたい。俺の様子を伺いつつ距離を縮めようとしてくれる大和の態度に、報いたいと思ってる。
外では仕方がないにしても、二人きりの時くらい、もっと甘い時間を過ごしてみたい。そうすれば、大和だってもっと、俺のことを好きになってくれるかもしれない。
時折見せる大和の不安げな表情を思い出す。
あんな顔、させたくないに決まってる。なのに……どうしても、素直になれないのだ。
SNSで大和のアカウントを見つけた時、ぱあぁっと目の前が拓けたような感じがした。
マイノリティとしての孤独と生きづらさに限界を感じていた俺にとって、大和の存在はまさに希望の光だった。
家は金持ちだし、俺はこういう顔だから、幼い頃から相当モテた。早熟な女子達は、こぞって俺にラブレターを書き、おままごとのような『告白』をし、俺を所有物の一つにしたがった。
だが俺は、そういう彼女らの行動に、反感しか抱いたことがない。どいつもこいつも、俺への気持ちなんてほんのついでだ。自分をよりいっそう光り輝かせるための、アクセサリーの一つのようなもの。
そういう扱いはまっぴらごめんだったし、そういう女子達を可愛いと思ったことは一度もない。なぜなら、どの女子よりも俺の方が美人だからだ。
まあ当然、俺のそういう尊大な態度は、反感を買うことも多かったと思う。小中高一貫の私立に通っていたこともあって、俺は『そういうやつ』として周知され、中三になる頃にはもう、女子からはかなり敬遠される存在になっていた。
それでよかった。耳元でうるさく騒ぐだけの女どもには、何の興味も湧かなかった。だってその頃には、俺はとっくに、自分がゲイだと気づいていたから。
最初に好きになったのは、バスケ部の先輩だった。先輩は旧財閥系商社の御曹司で、俺なんかよりもずっとセレブ。俺とは違って誰にでも分け隔てなく優しく、いつでも紳士で、とても眩しい人だった。
だがその先輩には、いつだって彼女がいた。それはつまり、彼がごくごく普通の異性愛者であるということだ。告白する余地さえない初恋は始まる前に終了だ。そういう経験が募っていくたび、俺はだんだん人生そのものを諦めたくなるような、虚しい気分に陥るようになっていた。
マイノリティでいることの不安。それは徐々に俺から気力を奪い、気づけば俺は、行動の前にいつでも『どうせ』という言葉をくっつけるようになっていた。
『どうせ』理解してもらえない。
『どうせ』好きになっても意味がない。
『どうせ』俺は、孤独な人生を生きるしかないんだ…………と。
そんな時にふと見つけたのが、大和のSNSだった。
『男子高校生で、ゲイです』とおおっぴらに自分の存在を発信している大和を見て、最初はなんてバカな奴だろうと思った。でも、しばらく大和の投稿を見守っているうち、だんだん彼に親近感を覚えるようになっていた。年齢も一緒で、マイノリティであることも一緒、時折吐露する不安や寂しさも、俺には痛いほどに気持ちが分かった。
日々の何気ないつぶやきや、時折アップされる大和の写真が、いつしかすごく楽しみになっていた。
勇気を出して初めてのリプライを送ったときは、手が震えた。返信があったときは、天にも昇るような心地がした。境遇の近さに大和も親近感を抱いてくれたらしく、俺たちは次第に距離を縮めていった。
そして、ついには大和が告白してくれて……。
嬉しくて嬉しくてたまらなかったが、同時にすごく不安になった。
大和に幻滅されたくない、嫌われたくない、完璧で、かっこいい自分を見せたい……見栄ばかりが先に立ち、これまでよりずっと、なんだか油断ができなくなった。
その時から、俺はずっと力み続けているような気がする。
大和はきっと、どんな俺でも受け入れてくれるのだろう。大和は本来とても優しくて、おおらかなやつだから。それは、俺自身すごくよく分かっていることなのだ。
なのに、俺がついついひどいことを言ってしまうせいで、大和に不快な思いをさせている。きっと、言いたくないことまで、言わせてしまっているに違いない。俺が素直になれさえすれば、喧嘩なんてしなくて済むのに。言い争いなんて、大和だってしたくないに決まってる。なのに……。
――……ごめんな。
胸の中でなら、素直に大和にそう言える。俺はそっと、寝返りを打った大和の背中に額を寄せ、シャツ越しに伝わる温もりを噛みしめる。
「……佐波……?」
「あっ……」
その時、ふと大和がかすれた声を出した。起こしてしまったらしい。
何を言う暇もなく、大和はごろんとこっちを向いて、そのままぎゅっと俺を抱きしめた。
――あぁ、あ……ッ……大和……っ……♡
あったかくて、いい匂いがして、嬉しくて嬉しくて、俺は大和のシャツに顔を埋めながら、ぎゅうっと硬く目を閉じた。愛おしげに俺の背中を撫でる大和の大きな手を感じていると、否応なしに肌は熱を持ち、ずくんと身体の中心が切なく疼く。
「……いま、なんじ……?」
「えっ……ええと……まだ、六時やで」
「そっか……ふぁ……あ」
大和は俺を抱きしめたまま大欠伸をして、ふぅ〜とゆっくり息を吐く。そしてもぞもぞと身体を動かし、やや寝ぼけた顔で俺の顔を間近に見つめて……。
――近ッ…………!! 近 ッ………………!! ど、どうしよ……不意打ちで目そらせへんかった……!!
バックバックバックバックと、心臓が派手に暴れている。あっという間に、かぁぁあぁぁと顔が赤くなっていく。
こうして、すぐ顔が赤くなってしまうのも悩みの一つだ。だって、恥ずかしがっているのが丸わかりで、めちゃくちゃカッコ悪いではないか。こう言う時こそ、クールに「おはよ。よう寝てたな(にっこり)」といった具合に、スマートかつ可愛い態度でいたいのに……!!
「……なんか顔赤い? 熱でもあるのか?」
「ヘッ…………!!? な、な、ないわそんなもん!! お、おおお、おまえがくっついてくるから暑いだけや!! 暑苦しいねん!」
反省したのもつかの間。
とろんとした顔で俺を気遣ってくれる大和の優しさが嬉しすぎて、ついつい、俺はいつもの過剰な照れ隠しを発動させてしまった。これはもはや脊髄反射といってもいいだろう……。
眠たげだった大和の目に、すっと冷えたものが混じり込む。それはおそらく、怒りや落胆といった不快感だ。
大和はむっとしたように表情を硬くして、すっと天井の方へ顔を背けてしまった。
「……んだよ。暑苦しくて悪かったな」
「えと……いや、その」
「もう起きるわ。シャワー借りるな」
「あっ、大和……」
むくりと起き上がり、頭を掻きながらバスルームへ向かう大和の背中には、どうやっても苛立ちのようなものしか見て取れなかった。
――どうして、どうして俺は、こういうクソ可愛くない反応しかできひんねん……!! このままじゃ、ほんまに愛想つかされて、捨てられてまうかも……。
予てから感じていた不安と、自分への落胆がひどすぎて、起き上がることもままならない。
悔しさともどかしさから、涙が滲む。
――……いやや、そんなん。俺、大和のそばにいたいのに……。
大和が使っていた枕に顔を埋めて、ぎゅっとそれを抱きしめる。
柔らかな布に残るぬくもりと、大好きな大和の匂いを吸い込みながら、俺は少しだけ泣いた。
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