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第2話 ちゃんとキスする!
「なぁ、佐波。なぁってば」
「……なんやねん、うっさいな」
「まだ怒ってんの?」
「……別に、怒ってへんし」
飲み会の後、俺は自転車を押しながら佐波の後ろを歩いていた。
俺は自宅通学で、佐波は高級マンションで一人暮らしだ。
俺たちの通う大学は、名門私立・東雲 学院大学。
いわゆる金持ち大学だ。佐波の両親が、『ここに行くなら家を出てもいい』と許したのが、この大学だったのである。
どうしても佐波と同じ大学に行きたくて、俺は無理をしてこの大学への入学した。
東学 は学費もバカ高いから、自宅通学ができるところでなければ、俺はこの大学への進学を親に許してもらえなかっただろう。おかげでバイトも忙しい。
覚悟はしていたけど、友人たちとの生活レベルがまるで合っていないということには、さすがの俺でもすぐに気づいた。誰も彼もが身なりがよく、持ちもののひとつひとつに金がかかってる。高級車での送迎や自家用車通学が当たり前という環境の中、俺はひとり自転車通学だ。探せばもっといるかもしれねーけど……。
だが幸い、友人たちは俺のそういった状況を笑いはしなかった。みんな育ちがいいためか、俺の状況を嘲笑うようなやつはいなかった。まぁ、単に顔に出さないのが上手いだけなのかもしれないが、日々カルチャーショックを受けつつも、俺はそこそこに楽しい大学生活を送っている。
佐波ともっとイチャイチャ恋人らしくできるんなら、もっと楽しいキャンパスライフのはずなんだが……。
「俺だってやだったけどさ、酔った部長に絡まれたらどうしようもないって、佐波だって分かってんだろ?」
「分かってるて! ていうか大和ももっとがっつり断ったら良かったやろヘタレ」
「ヘタ……っ!? じゃあお前はさぁ、俺が他のやつとチューしても良かったのか!?」
「はぁ?」
売り言葉に買い言葉で、俺がぶっきらぼうにそんなことを言うと、ギロリと佐波の目つきが鋭くなった。言わなくていいことを言った…………と後悔するも時すでに遅し。佐波はこっちに向き直ってグイッと胸ぐらを掴み、斜め下からメンチをきってくる。顔が綺麗だから凄みがスゴイ。
「ほんっっまにデリカシーのないやつやな!! 何やねんお前。もう知らん」
「んだと?」
佐波は荒っぽく俺のシャツを離し、早足に歩き出した。俺は慌てて佐波を追いかける。
「ついてくんな。大和の顔なんて見たないわ」
「あっ、ちょっと待て!!」
佐波がいきなり全速力で走り出すものだから、俺はとっさに自転車にまたがって追いかけた。だが、佐波のマンションはほんの目と鼻の先だ。急角度で曲がってエントランスに駆け込んで行く佐波を目の端に捉えつつ、俺は自転車を植え込みの前に無造作に停め、オートロックの自動ドアが閉まりきる前に慌てて身体を滑り込ませた。
二人きりのエレベーターの中、互いに睨み合いながら呼吸を整えていると、ふと、佐波の表情が寂しげに歪む。
俺はハッとして、目をそらす佐波の横顔を見つめた。
「……佐波」
「帰れハゲ」
「いや俺ハゲてねーから!! ……ていうか、こっち見ろよ」
肩を掴んでこっちを向かせようとした瞬間、エレベーターが最上階に到着する。お高いホテルのように絨毯が敷き詰められた廊下を進む佐波を追いかけ、玄関のドアを開く佐波の身体ごと部屋の中へ押し入った。
すると、佐波が珍しく、自ら俺に抱きついてきたではないか。
なんだこれは、天変地異の前触れか…………!! というくらいには、これはすさまじく珍しいことだ。佐波が自分から、俺に触ってくるなんて……!!
「さ、佐波……っ!?」
「うっさいねん黙れ。ていうか、ついてくんなって言ったのに」
「……なぁ、佐波。こっち向けよ」
「……」
俺の身体より一回り細い佐波の背中に手を回し、そっと顔を覗き込んでみると、伏せられていたまつ毛がゆっくりと持ち上がる。
大理石の敷き詰められた広々とした玄関で、俺たちは立ったまま、しばらくじっと見つめ合った。
さらりと揺れる黒髪に潤んだ鳶色の瞳。心を鷲掴みにされてしまうほどほどに、佐波はすごくきれいだ。
物言いたげな目つきで俺を見上げながら、佐波は小さな声でこう言った。
「まだ……一回もちゃんとできてへんのに、みんなの前でするんとか……嫌やんか」
「え……? な、なにが?」
「何がちゃうやろ!! 俺ら、きっ…………キスも、なんやまともにできてへんやん!! なのに……」
「まともにって……。なんだよそれ、俺がヘタすぎとかそういう意味かよ」
「ちゃうわ!! そういう意味ちゃうわドアホ!! ……俺のせいやん……!!」
「ええ?」
佐波はドスの利いた声でそう言い放つと、かあっと頬を真っ赤に染めた。そして、震えるまつ毛をふたたび伏せて、頼り無い声でこんなことを言う。
「はっ…………恥ずかしいねんて。そういう…………そういうムードになってまうんが、照れ臭いっていうか。そういう自分が……なんや、こっぱずかしいっていうか……」
「うん……それは分かってるつもりだよ? でもそれって、やっぱ俺のテクとかムード作りが足りねーのかなって……」
「いや、違う。俺のせいや。でも……ほんまは、もっと、ちゃんとしたいねんで?」
「えっ……?」
ゆっくりと目線を上げる佐波の妖艶な目つきに、バクバクバクバクと心臓が大暴れをし始めた。なんならついでに股間のほうにもずくんと熱が滾って、ジーパンの中で早速主張を始めている。
濡れた瞳でそんな風に見上げられてしまったら、もうどうしていいか分からない。だが、今の佐波は頑張ろうとしてくれている。これまでは、戯れにキスをしても「ちょっ…………何やねん急に……」と引かれたり、「い、いきなりそういうことすんなや! びっくりするやん!」と怒られたりしていたのが嘘のように、佐波が色っぽい目つきをしている。
――こ、これはいい雰囲気になれるチャンス…………!!
佐波の背に回していた腕に力を込めて、ぐっと抱き寄せる。すると佐波は一瞬、ちょっと怯えたような表情を見せたけれど、キスを許すように顎を軽く上げ、大きな目で熱っぽく俺を見つめていて……。
「ん…………」
さっきの場当たり的なキスを上塗りするように、俺は優しく佐波の唇を啄んだ。もっちりとした弾力を味わうように唇を重ね合い、角度を変えて啄んで、佐波の唇の感触を味わっていく。
「ふぅっ……う」
「……そんな固くなんなくてもいいって。……な?」
「で、でもっ…………」
「俺だって、もっとちゃんとキスしたかった。……佐波が好きだから」
「っ……」
思ったままのことを口にすると、佐波の怜悧な目元が見開かれる。見る間に涙でしっとりと濡れていく澄んだ瞳を見つめながら、俺はもう一度、佐波と唇を触れ合わせた。
「んん……ッ……」
薄く開かれた歯列を割って、俺は佐波の口内にゆっくりと舌を挿入した。
付き合って半年、記念すべき、初めてのディープキス……!!
ためらいがちにひっこめられた佐波の舌を追いかけて、あやすように舐めくすぐりながら、よりいっそう強く抱き寄せる。おずおずと背中に回る佐波の手が、俺のシャツをぎゅっと握った。
そういう反応の一つ一つが、かわいくてかわいくて仕方がない。突き動かされる衝動のまま、俺はさらに深く、佐波と舌を絡め合った。
「っ…………ンっ……ぁっ……ふぅっ……ん」
水音とリップ音の隙間に、佐波が熱い吐息を漏らしている。俺ががっつきすぎて息苦しいのかと思い、ちょっと顔を離してみる。
すると佐波は、とろ〜んととろけた可愛い顔で、力なく俺を見上げていた。互いの唾液で濡れ、真っ赤に熟れた果実のような唇から、しどけない吐息を漏らしながら……。
――…………えっ……エッロ…………!! かわいすぎんだろ…………!!!!!
「っ……ァっ……やまと……!」
突如として燃え上がった性欲に身を任せ、俺は佐波を玄関ドアに押し付けながら、さらに激しいキスを浴びせた。佐波の吐息を全て奪い尽くすかのようなキスをしながらシャツの中に手を入れて、ほっそりとした腰と背中を抱きしめる。
「っ……やっ……ばか、待っ……! やまと……ふっ……ン……」
「佐波、かわいい。……ハァ……きれいだ」
「んっ……ァっ…………!」
――あぁ……もう、だめだ。かわいい。好き。マジで好き。もう、このままエッチしてぇ……!!
無意識のうちに、俺は佐波の太ももを脚で割り、盛りに盛った股間をぐっと押し付けていた。佐波の肉体で圧迫されるだけで、じわじわとせり上がってくる甘い快楽。それをもっと確かめたくて、俺は佐波にキスしながらゆっくりと腰を振り、佐波のペニスにも手を伸ばす。
「ァっ…………! あかん、待って……」
「なんで……? 佐波のここも、こんなじゃん」
佐波のそこも、しっかりと芯をもって硬くなっている。ぐわっと湧き上がる欲求の盛り上がりに身を任せ、そのままもっとエロいことをしようとしたのだが……。
突然、ガリッと下唇を噛まれた。
「いってぇぇぇ!! な、何すんだよ!!」
「まっ……待ってっていうてるやろ!! いきなりガツガツ来すぎやねんアホ!! 大和のアホ!!」
「だっ……だって。佐波、めちゃくちゃエロくて、かわいかったから……」
「〜〜〜〜っ……」
俺が素直に褒めると、赤かった佐波の顔がよりいっそう赤くなった。まるで湯気が出そうなほどに。
ぐいっと胸を押し返され、密着していた身体がべりっとひっぺがされる。それはものすごく残念だけど、キスだけで蕩けた表情を見せてくれたことも、キスでちゃんと興奮してくれたことも嬉しくて、俺は思わずニヤニヤ〜と緩んだ顔をしてしまった。
「な、なんちゅうスケベな顔してんねんハゲ!!」
「へへっ、お前さぁ、悪態のレパートリー少なすぎじゃね?」
「う、うるさい!! ……くっそ。めっちゃ恥ずい。穴があったら入りたいわ」
「穴…………」
ブツブツ文句を言いながら、逃げるように靴を脱いで部屋へ上がる佐波の尻に、ついつい視線が向いてしまう。
俺のスケベな眼差しに気づいたのか、佐波はふと、尻を押さえてこちらを振り向いて睨んできた。が、いつもより全然迫力がない。ていうかかわいい。
「どこ見てんねん! 目潰ししたろか」
「目潰しって。……お前さぁ、もっと可愛く怒れねーのかよ」
「うっさいな! ……で、どうすんねん今日、泊まんのか? 親にちゃんと連絡したんか!?」
「あー、まだしてねーけど。……いいの? 泊まって」
「……ええけど…………で、でも、今日はこれ以上せぇへんで? せぇへんからな!?」
「うんうん、分かってるって。でもさー……もうちょっとくらい……どう?」
「帰れ」
即座に俺に背を向けるしそっけない口調だが、佐波は耳まで真っ赤だった。初々しい反応が嬉しくて、『爽やか系』と評判(多分)俺の顔は、でろでろに緩みっぱなしだ。
結局俺たちは、いつものようにスナック菓子をつまみながらゲームをしたあと、ふかふかのダブルベッドで、行儀よく並んで眠ったのだった。
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