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第15話 すっきりしない〈佐波目線〉

  「……おはよ」 「…………おはよう」  照れ臭そうな表情で、朝の挨拶。  大和の顔からは、溢れんばかりの幸せが滲み出していて、あたり一面キラキラと眩く光がきらめいて見える。  ――う、うう……かっこええ。朝からどんだけイケメンやねん……。  寝起きのしょぼついた目にはあまりに眩しく、俺は思わず「うっ」と呻いて布団に顔を埋めた。すると、ぬくぬくした布団の中でそっと腰を抱き寄せられ、大和の額が俺の額にコツンとぶつかる。 「っ……」 「佐波、身体なんともねぇ?」 「……えっ!? おう、たぶん……」 「そっか。よかった」  そう言って優しく微笑む大和の笑顔は、出会って数ヶ月の中で一番明るい。布団の中ですらキラキラと明るく照らしてしまいそうな眩い笑顔に、頬や耳がかぁぁぁと急激に熱くなっていくのを感じた。  ――……昨日、したんやんな……俺ら。はぁ〜〜〜〜もう、どんな顔しとったらええか分からへん……。  顔を上げることができないでいると、すり……と大和の鼻先が俺の髪をくすぐった。思わず「んふ……」と息を漏らすと、大和はふっと低く笑った。……なんやそのエロい笑い方は……めっちゃセクシーやないか……。 「昨日のお前、めっちゃくちゃエロくて最高だったな〜。……俺とのエッチ、好きになってくれた?」 「っ…………そ、そら……好きちゃうかったら、あんな何回もせぇへんし……」 「ははっ、そっか。えっへへへへ〜〜〜すげー、なにこれ。ニヤける」 「へ、ヘラヘラすんなや。ていうか、いい加減起きな……」 「いーじゃん、今日お前も休みだろ? なぁ、俺……またしたくなってきたんだけど」 「っ、ちょ……」  する……とパンツの中に手が入ってくれば、反射的に全身が震えてしまう。  初めてのセックスの後、バックでしてみたり、対面座位を試してみたり、バスルームで立ったまましてみたり……と盛りきった欲望のままに身体を繋げた。もっと痛かったり苦しかったりするかと思っていたが、何をされても気持ちよかった。そりゃもう、びっくりするくらい気持ちよかった。  大好きな大和との念願の初セックスという喜びで、テンションも感度も上がりまくって、突き上げられるたびに恥ずかしい悲鳴をあげて…………思い出すと、羞恥のあまり気が狂ってしまいそうになる……。 「なぁ、しよ?」 「あ、あかんて……!!」 「いーじゃん、ヤろうよ」 「あ、あかん! ……ふっ……ンっ……ん」 「ほら、もうエロい声出てんじゃん。……ははっ、かわいい」 「ん、んっ……」  ちゅ、ちゅっ……と首筋に柔らかくキスをされながら、腰や尻をいやらしく撫で回される。抵抗しようと思ったけど、大和に触られると嬉しくて、気持ちよくて、昨日の快楽をもう一度感じたくて、身体に力が入らない。  とうとうパンツを脱がされてしまいそうになったその直前で、俺はハッとした。  思わずガッと大和の手首を掴むと、大和が「いってててて!! 何すんだよ!」と声を上げた。 「それよりお前。昨日のあいつのこと、どないすんねん」 「えっ」  そう、あの英誠大学のハーフのことだ  居酒屋で何を話していたのかは知らないが、あのハーフは明らかに大和に執着している様子だったし、露骨に好意を剥き出しにして、大和をホテルに連れ込もうとまでしたのだ。よほどの感情がなければ、あんなことはしないはずだ。  放っておいたら、練習試合などのたびにあいつのことを警戒しなくてはならないかもしれない。俺の見ていないところで、また大和に手を出されるかもしれない……。俺は布団を剥がして大和に跨り、視線を泳がせている大和の胸ぐらを掴んだ。 「どないすんねんお前。昨日は連れ込まれる寸前で何とかなったけど、次はどうなるか分からへんやろ」 「……あー……うん。昨日は、さんきゅな……佐波、すげーカッコよかった……」 「そんなんどうでもいいねん! どないするつもりやって聞いてるんやろ!」 「そ、そりゃもちろん、断るに決まってんだろ! 俺には佐波がいるんだから……」 「ほな、もう一回会ってキッパリ話つけるんやな」 「う、うん……そうだよな」  大和は何やら弱腰な調子だ。俺の下からもぞもぞと這い出した大和は、ベッドサイドのすぐ脇に落ちていたジーパンのポケットを探り始めた。そして見つけ出したスマートフォンの画面を開いた大和の顔色が、さぁぁぁ……と青くなる。 「……どうしたん」 「不在着信とLINE、すげぇ来てる……」 「はぁ? 何や言うてはんの?」 「えーと」  青い顔で画面をスクロールしていく大和の表情は、どんよりと冴えない。気にかかった俺も、ひょいとスマホを覗き込んでみる。すると、『ごめんなさい』『あんなことするつもりじゃなかったんだ』『幸せそうな大和見てたら我慢できなくなって』『でも襲うつもりなかった。僕も酔っ払ってて……』と大量の泣き言が送りつけられていた。 「……うわ。マジでどないすんねんお前」 「どうって……そりゃ、もっかい話するしかねーし……」 「あんまり乗り気じゃないみたいやけど。……お前まさか、あいつに何や気ぃあるんちゃうやろうな」 「ね、ねぇよそんなもん!! んな怖ぇ顔で凄むなよ……」  思わずドスの利いた声が出てしまい、大和の顔がさらに青くなる。もっと責め立ててやりたい気もしたが、それではあまりにも大和がかわいそうなので、俺は次の言葉を待つことにした。 「……すげ、怖かったっていうか」 「は? 何が」 「ミハエル、でけーだろ。自分よりデカイ男に詰め寄られてセクハラされてさぁ……あん時俺、なんか怖くてろくに抵抗できなくてさ」 「そら、酔ってたからやろ」 「それもあるんだろうけど。……佐波はよく平気だよな。俺に色々されて……」 「……そら、大和やから平気なだけや。他の男にと思ったらゾッとするけど」 「そ、そっか」  冴えなかった大和の表情が、ちょっとばかり明るくなった。でもまたすぐに悩ましげな顔になり、うーんと唸りつつスマホの画面を見つめている。 「それに、俺の知ってるミハエルは、あんなことする奴じゃねーんだけどなぁ」 「中学ぶりなんやろ? 三、四年の間に図体もデカなって、やることもデカくなったんちゃうん」 「まぁ、そうかもだけど。……しゃーねー……やっぱちゃんと話ししなきゃだめか。先延ばしにしても練習試合でもまた会うだろうし……」 「何やねんお前、ハッキリせぇへんヘタレやな。それなら俺も行く」 「えっ!? け、けどお前が来たら、なんかすげぇ修羅場じゃん」 「お前一人で行かしたら、へんな情かけて、なぁなぁで話終わらせてまうに決まってるわ。そんでもって話がこじれて、また向こうも調子乗って、大和のことラブホに連れ込もうとするかもしれんし」 「そんなことにはならねーっつうの! 馬鹿にすんな! それに俺はヘタレじゃねー!」 「よう言うわ」  ふん、と俺が鼻を鳴らすと、大和がむっとしたように頬を膨らませた。ついさっきまで甘い雰囲気だったのに、あっという間にいつも通りの空気感だ。  だが、ここであいつのことをうやむやにしておくのは気持ちが悪い。俺はベッドにあぐらをかく大和の膝の上に乗り、大和の首に両腕を引っ掛けて小首をかしげた。すると、大和の頬が赤く染まる。ぽっという音が聞こえてきそうだ。 「な……何だよ。可愛い顔しやがって」 「元々こういう顔やし。……俺、こういうの曖昧にしとくんいややねん。大和が、俺だけのもんとちゃうような感じがして……」 「佐波……」  しおらしさを心がけつつそんなことを言ってみると、大和の表情にようやく決意が漲り始める。なんというチョロさだろうか。  そして大和は深く頷き、ぽりぽりとうなじを書きながらこう言った。 「今からLINE送ってみる。……そんで話してくるわ」 「今から?」 「おう。……確かに、すっきりしねーもんな。……よっし、ビシッと言ってやる」 「……行動早いな、びっくりしたわ」 「だって」  大和はくしゃ、と俺の後頭部を撫でながら、ちょっと困ったような顔で微笑んだ。 「佐波に心配かけんのもダメだしさ。……あと、俺はヘタレじゃねー」  拗ねたような口調でそんなことを言い、大和は俺の唇にキスをした。  優しく下唇を啄まれ、弾力を重ね合うように押し付けられる柔らかな感触に、キスで応じる。うっとりするほど心地のいい感触だが、そんな甘い行為をしながら、ついつい笑えてきてしまった。 「ふふっ……なんやねんお前。ほんっまチョロいなぁ、大和」 「うっせー。スッキリしたら、エロいことしまくってやるからな」 「……ヘタレのくせに、よう言うわ」 「だから俺はヘタレじゃねーよ!」  大和はキスをやめ、またむううっとふくれっ面をして怒っている。いつになく子どもっぽい行動が可愛くて、どうにも笑いが止まらなかった。  肩を揺すって笑う俺を抱きしめたまま、大和はスマートフォンでメッセージを打ち始めた。

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