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第17話 美味しい朝食?

   その日以降、ミハエルからの連絡は途絶えるかと思いきや……以前よりも激しさを増している。  俺に対する好意が云々というようなメッセージではなく、『早くあのアバズレと別れた方がいい』とか『あんなクソビッチよりも、僕の方が大和を幸せにできる』といった感じで、佐波に対する攻撃が加速していて……それはちょっと、俺の気持ちを重くしていた。  佐波は俺の大事な恋人だし、ミハエルは仲の良かった友人だ。別に、二人に仲良くして欲しいってわけじゃないけど、いがみ合われるのはなかなかつらいものがあるわけで……。  だが、あれ以来佐波との関係は比較的良好。  ミハエル問題には頭を悩ませつつも、佐波とのスキンシップは前よりずっと増えている。初エッチを経てからこっち、俺たちは時間があれば家に引きこもって、互いの身体を(まさぐ)り合った。  抱けば抱くほど佐波の身体は素直になるし、どこをどう触られるのが良いのかってことも分かるようになってきた。口ではつれないことを言っていても、俺にべたべた甘えられることに弱いっていうのも分かってきた。  セックスは究極のコミュニケーションだと聞いたことがあるけど、全くその通りだなと最近よく思う。  + 「おはよ、佐波」 「おう、おはよ……っ……アホ、朝っぱらから何してんねん……」  キッチンでコーヒーメーカーをセットしている佐波の背後から、チュッと首筋にキスをする。さらにうなじを甘噛みしながら、スウェットの中に手を忍び込ませ、きゅっと締まった尻を揉んでみた。すると佐波は、真っ赤になって怒った顔をしながら、ギロリと俺を睨みつけた。  でも、険しい表情は長続きしない。こっちを振り向いた佐波にキスをして微笑みかければ、すぐに鋭い目つきから尖りが消えて、照れ笑いの表情に変化する。 「くすぐったいやん。あと、痕つけんなよ」 「へいへい、分かってるよ。……首、寒くねーの?」 「まぁ、ちょっとは寒いけど。撮影やったししゃーないわ、すぐ伸びるやろ」  これから寒くなるっていうのに、佐波はつい最近、撮影の都合でバッサリ髪を切った。トップとサイドは残しつつも、襟足を潔く刈り上げたオシャレな髪型だ。  前髪はさほど切らずに残しているため、佐波が俯くと、黒髪が顔の半分をさらりと隠す。それを鬱陶しげに耳にかけたり、ざっと搔き上げる仕草がやたらめったら色っぽく、ついつい佐波の耳や首筋に唇を触れてしまう。 「っちょ……やめって……」 「寒そうだし、あっためてやるよ。お前のうなじ、すげぇエロい。いい匂い」 「んんっ……も、あかんていうてるやろ……こらっ!」 「ちょっとだけ。いーだろ?」  後ろからちゅ、ちゅっと佐波のうなじに唇を這わせつつ、だぼっとしたトレーナーの中に手を挿しこみ、引き締まった上半身を抱きしめる。昨日も散々舐め回した乳首の周りを思わせぶりに指で撫でると、佐波はビクッと肌を震わせ、ちょっと怒ったような顔でこっちを見上げた。  顔も首筋も、耳まで真っ赤。きつい目つきをしてるけど、もう全然怖くない。潤んだ瞳が可愛くて、もっといじめて困った顔をさせたくて、むずむずとスケベ心が盛り上がる。  だが、調子に乗ってさらにエッチなセクハラをしてやろうと身を乗り出したものの、ぐいと下から顎を押されて、突っぱねられてしまった。 「はい終了! パン焦げる!」 「ううっ……わかったよ」 「ちょうどトースト焼けたとこや。はよ食べよ」 「うん。うわ、すげぇいい匂い。何これ、いいパン?」 「スタイリストさんにもらったやつ。なんや小一時間並ばな買えへんやつやねんて」 「へぇ〜すげぇ」  キッチンに漂う甘い小麦の香りと、コーヒーの香り。ちょうど良いこんがり感に焼きあがったトーストとハムエッグ、そしてレタスとプチトマトのサラダ。真っ白な皿に小洒落た感じに盛り付けられた朝食に、思わずテンションが上がってしまう。  ちょっと前まではパンとコーヒー(もしくは牛乳のみ)だけだった朝食が、ここ最近急にグレードアップしている。スキンシップが増えて喧嘩が減ると、佐波の機嫌もいいらしい。朝から鼻歌交じりにキッチンに立ち、焼き加減にこだわったトーストを出してくれるんだ。夢のように幸せで平和な朝ごはん……しかも、出てくるものが全て高級品だから、何もかもがびっくりするくらい美味い。機嫌のいい佐波と美味しい朝食とか最高すぎかよ……。 「ところで、さっき藤間からLINE来て知ったんやけど、英誠大との合同合宿があるらしいな」 「……うぐっぅ……」 『英誠大』というワードが出てくるや、ダイニングの空気が一気にひゅう〜っと冷えていく。  佐波はキリッとした目に冷たい光を宿らせつつ、じーっと俺を見据えている。 「お、おう…………らしいな」 「ほんで、あのハーフゲルマン野郎と仲良しのお前が幹事で、両校の調整役らしいな」 「お、おう…………そーなんだよ」 「いつ決まったんやそれ。聞いてへんで」 「え、えーと。一週間くらい前かなぁ?」 「ふーん。……で、進捗は?」 「え、ええとですね」  一ヶ月後に迫った英誠大学との合同合宿。これも、うちのバスケサークルにおける毎年恒例行事だ。  幹事は代々一年生が担当することになっている上、俺はミハエルと面識がある。それを見た先輩たちが、『今回の合宿の仕切りはお前らに任せる!』と言って、俺とミハエルを幹事に据えたのだった。それが決まったミーティングの日、佐波は仕事でサークルを休んでいた。このことをどう伝えれば良いのやらと迷っているうちに、一週間が過ぎていたわけなのだが……。 「んで、あいつと連絡取り合うてんの?」 「まぁ……色々な。でも、合宿がらみのことだけだぞ!! 全部メールで済ませてるし! 飯に誘われても断って……」 「へぇ、性懲りも無く誘ってきはんねんなぁ、あいつ」 「うぐ……でも断ってるし!! て、ていうか、合宿所の予約やらスケジュールの調整やら……連絡っていってもその程度のもんだしさ、別に何も……」 「向こうはウハウハやろうな。お前と一緒にお泊まりできて、バスケできて、最高やろな」 「……そうかもしんねーけど、でも、俺は何とも思ってねーから!」 「そんなら何で俺にいちいち隠すねん。お前のそういうとこが何や分からんけどイラつくんや」 「だ、だってさ……ミハエルの話なんて聞きたくねーだろ。お前すぐキレんじゃん」 「別にキレへんし。ていうか、どうせすぐにバレることをコソコソ隠す大和に腹立つねん。……このヘタレ」 「うぐ……」  佐波の言うことがもっともすぎて、言い返そうにも言葉が浮かばない。  そんで淡々とした冷静な口調だからこその威圧感がすげぇ……。  まぁ確かに、メールの文面からも伝わってくるくらい、ミハエルはテンションが上がっている。そして同時に、佐和への敵対心のほうも燃え上がっている…………なんてことを佐波に言えるわけもなく、俺はサクサクもちもちのトーストをもぐもぐと咀嚼した。バターの風味がほんのり甘くて、舌触りも良くて、こんな時だがめちゃくちゃ美味い。  上品な仕草でマグカップのカフェオレを飲んでいる佐波からは様子を窺いつつ、俺は気を取り直してこう言った。 「でも、俺が好きなのは佐波だけだって、お前ももう分かってんだろ」 「っ…………そ、そら……まぁ……」  不意打ちで、ストレートにそんなことを伝えると、クールだった佐波の表情がぽわぽわと緩んでいく。流麗だった所作が急にぎこちなくなり、白い肌がまた赤く染まって、照れているのが丸分かりだ。俺が思わず吹き出すと、佐波はムッとしたように俺を見据えた。 「何やねん」 「ううん。……あははっ、いや、かわいいな〜と思って」 「……ば、馬鹿にすんなや!! 俺は別に……」 「佐波は今日の講義昼からだろ? 俺、午前中は二時間目のスポコミ(スポーツコミュニケーション、つまり体育)だけなんだけど」 「……だから?」 「今すぐ佐波とエッチしたい。学校サボって一日中セックスしねぇ?」 「は、はぁ!? お前、こないだのレポートもひーひー言うてたやん。せやのにサボるとか、そんなん……あかんやろ」  と、いかにも理性的なこと言おうとしているらしいが、佐波の全身から醸し出される空気は、すでに甘くてエロエロしい。これはイケると踏んだ俺は、すぐさま椅子を引いて立ち上がり、佐波の手首をぐっと掴んだ。 「ちょ……大和」 「ベッド、行こ。それともここでする?」 「え……」  ただでさえ赤くなっていた佐波の顔が、ますます赤々と紅潮していく。こんな可愛い顔を見せられて、俺が平気でいられるとでも思っているのだろうか。  気恥ずかしげに目を伏せる佐波をやや強引に引っ張って立たせ、ぐっと腰を抱き寄せる。そしてそのまま寝室に引っ張りこもうとしたのだが……。  佐波はハッと我に返ったような顔で目を瞬き、いつもの刺々しい目つきで俺を見上げた。 「……ていうか、そんなんで俺の気を逸らせるとでも思ってんのか?」 「っ……ち、ちげーよ! 俺は純粋にお前と……」 「ほれ、今から大学行くで。合宿の準備がどないなってんのか、俺にも逐一説明してもらうで。一年全体で幹事なんやろ? せやのに何の情報共有もされてへんとかおかしいやろ。ちゃんと段取りできてんのか!?」 「うぐ……そ、それはまだ……」 「ハァ〜〜〜……。ほら、とっとと支度せぇこのヘタレ。あと一ヶ月あるいうてもあっという間やで。諸々手配せなあかんこともあんねんから、しゃきっとせなあかん! セックスにうつつ抜かし過ぎやねんドアホ!」 「すみません……」  ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと……。

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