15 / 15

第15話

 この小屋の中にはキッチンもあるのだろうか。何かを炒める良い香りが檻の中まで漂ってくる。大きく音を立てて穂積の腹が鳴った。  檻の外に出られない穂積は、とりあえずバスタオルを腰に巻き、狭い空間内できるストレッチを始める。閉じこめられた状態で凝り固まってしまった、身体のなまりを取り戻したい。万が一檻を出られたとき、浅川と対峙できるだけの体力は戻しておかなければならない。 「やっぱりキャンプといえばカレーですよね!」  浅川だ。どこかにあるキッチンから呼びかけてくる。言われてみれば浅川が穂積を拉致したときの口実がキャンプへの誘いだった。穂積にこんな仕打ちをしておいて何が今更キャンプだ。小学生の夏休みから時が止まったような浅川の問いかけに、穂積はすぐに答えることができない。徹底的に無視してやろうか。穂積がそんな態度を取ったら、浅川はどう反応するのだろう。自分の意のままにならない穂積を傷つけるのだろうか。浅川の怒りを買えば楽に殺してくれるのだろうか。 「俺、小五のときの……何でしたっけ林間学校? あの手の行事でみんなでカレー作るじゃないですか。あれ嫌いでしてね。好きな人います? 俺は知らないけど。でも俺はクラス委員だったから参加しないわけにもいかなくて。でもキャンプファイヤーには憧れました。ほら、よくあるでしょう。木の枝の先にマシュマロ付けて焼くやつ。美味しそうですよね。俺もやりたかったです。でも俺たちがキャンプファイヤーする日に台風が来てしまって。結局室内でキャンドルサービスになったんです。木のオブジェみたいなのに誕生日ケーキみたいにロウソクがたくさん灯って、それなりに綺麗でしたよ。幻想的で」  穂積に話しかけているが、まるで穂積など存在しないかのように語り続ける。 「ねえ穂積さん。せっかくここまで来たんで本格的にキャンプしませんか? 道具は一通り揃っているし、表に出ればテントも張れます。寝袋だってふたつ用意してあるんです。森に入れば木がたくさんあるからキャンプファイヤーできますよ。ああしまった。マシュマロ。マシュマロ買っておけばよかったです。キャンプファイヤーのときに出し物ありましたよね? クラス単位で発表するやつ。馬鹿馬鹿しい遊戯ですよね。でも俺、火舞は好きでした。火舞ってわかります? 俺の地元だけかもしれないけど。松明のようなトーチを両手に持ってバトンのように回して舞うんです。俺もしてみたかったけど、俺はヘタだったのでオーディションに落ちました。で、台風が来たのですが、火舞だけは屋外でやっていて。火がうまく点かなくて全然綺麗じゃなかった。やらないほうがよかったと思います。中止したほうが綺麗でしたよ」  浅川の話はいつ終わるのだろうか。彼の子供時代の話など聞いたところで面白くもなんともない。どうせ返答は求めないだろうと、穂積は耳を塞ぎ、浅川の存在を排除しようとした。檻を激しく揺さぶられたのは、その直後だった。

ともだちにシェアしよう!