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第14話

 解放された両手の擦り傷を見、穂積の中にめらめらと闘志が沸き始める。薬で強制的に眠らされた身体も、本調子を取り戻したようだ。  浅川を呼ぶ方法。やはりこれしかない。 「浅川! 隣にいるのはわかっている! 助けがほしい、すぐに来てくれ!」  大声を出すのは久しぶりで、途中何度か咳きこみ、喉の痛みも覚え始めた。  浅川の表情は晴れやかだった。上機嫌で温かいミルクティーが運ばれてくる。夏にミルクティーかと思ったが、小屋はひんやり冷えていたし、たまには温かい飲み物が飲みたい。 浅川が檻の隙間からティーカップを差し出し、穂積はおそるおそる飲んだ。紅茶は好きだが茶葉の違い等はわからない。数日ぶりの甘味と温かさで穂積の心はほっこりと温まった。 「ねえ、穂積さん。あなたがお休み中のときに色々考えたんですけど、結局結論は出ませんでした」  協議内容なんて聞きたくもない。穂積は浅川が淹れたミルクティーを飲む。優しくて心がとろけてしまうような甘さで、胃腸にも良いような気がする。それにしても、ここに閉じこめられてから食事らしい食事は出されていない。浅川からの仕打ちに怯える日々で、食べ物のことなど考える余裕もなかった。 「いかがです、穂積さん。美味しいですか? 今日は街に出て名古屋に向かったんですよ。そうしたら駅ビルで英国展がやっていましてね。買うつもりはなかったのですが……穂積さんはいつも紅茶だけどインスタントなんだろうなって思いましいて、どうせなら茶器から揃えたほうがいいのではと思い、一式買うつもりだったんですけど、そこまで考えたら馬鹿らしくなってきて。俺のことを愛してもいない人のために数万も数十万も使うのは馬鹿げている。だからティーカップとティーポッドと茶葉をいくつか買ってきました。気に入ってくれると嬉しんだけど……」  浅川の話は寝起きの耳ではまさに右から左だ。何も入ってこない。純粋にお茶の味だけ楽しもうと、香りを嗅ぎ、ゆっくり口に含むことでミルクの奥に隠された茶葉の爽やかな匂いが感じられた。穂積は頬を弛める。美味しい、楽しい、と思った。 「ああ……穂積さん。あなたはやはり笑った顔が一番可愛いですよ」   浅川は着替えをあまり持ちこんでいないのか、ずっと同じ服装をしている。穂積は目を合わさないように檻の片隅に寄り、身を縮める。 「そんなことしても俺から逃げられませんよ。どうしても攻撃したかったのなら、ほら、そのお茶熱いうちに俺に掛けておけばよかったのに。もしかしたら俺がひるんで、あなたが鍵を外せと脅したら、その通りになったかもしれないですよ? あくまで仮の話ですけどね。そういうところが甘くて優しいんです、穂積さんは。まあ今回は命取りにもなりましたがね」  浅川の馬鹿にするような物も言いに穂積は腹が立ち、半分以上飲み切ってしまったカップを檻の隙間から浅川に投げつける。カップは割れることなく、中身も浅川に一滴もかからなかった。 「飲みものは摂取できたでしょう? これからご飯の支度します。そのままおとなしくしていてくださいね」 「あの、どうして君は僕の拘束を解いてくれたんだい?」 「そりゃああなたが良い子にしていたご褒美ですよ。よかったですね。このまま俺の機嫌が上がるといつかは檻からも出られるようになるかもしれないですね」

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