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「これ、ちょっと布面積少なくね……?」
衣装を広げてみたときから思っていたことだが、着てみるとなおさらだった。
頭に載る三角形の尖った帽子はまあ、普通だ。問題はワンピースだ。ベアトップに、幾層も重なった広がる形のチュールスカート。がっつり肩も背中も出てるし、カップがつけられているので胸のない俺だと浮いてカパカパして中見えちゃってるし、スカートもふんわりしてるのはいいが、とんでもなく短い。短すぎる。脚丸出しだし、パンツ見えそう。
こんな衣装を娘が着てたら、世のお父さん方は憤死してしまうのではなかろうか。
「普通の魔女衣装だったらありがちでしょ。他と差別化しないと」
「そ、そうか……」
これは、差別化なのか…?
「十月の末日にこんな服着て外歩けなくないか?寒すぎて……」
「下はタイツを履くことを前提にデザインされてます。それに、おしゃれは我慢だそうですよ」
「な、なんと…!」
世の女性陣は我慢できるというのか。すごい…。
感心していると、カシャ、とシャッターをきる音が聞こえた。はっと顔をあげれば、那珂川がスマホのカメラを俺の方へ向けている。
「えっ!お前何撮ってんだ!」
「昨今はインスタ映えするか否かの時代ですよ。ほら、恥じらってないでさっさとポーズとってください。写真映り確認したいんで」
言ってることはもっともだが、こんな姿を写真に残したくはない。
「待て、それなら誰か女の子つかまえて協力を……」
それがいい、開発部の誰かに頼んでモデルになってもらおう。そう思ったのに、那珂川は譲らなかった。
「その格好で探しに行くんですか?」
「あ!俺の服!」
俺のスーツを小脇に抱え、さっさとポーズをとれと命じてくる。
「絶対絶対、誰にも見せるなよ!」
「言われなくても見せませんよ」
「くそぅ…」
結局、悪態をつきながら、俺は言われるがままピースサインをしたり、腰に手を当てて首をかしげてみせたりした。カシャカシャと響くシャッター音がつらい。
「じゃ、次、後ろ向いて。上半身倒して、顔だけこっち向けて。はやく」
「くぅ…」
なかなかに屈辱的なポーズだ。那珂川の方に尻を突き出して振り返ると、奴は不満そうにスマホを下ろし、一歩俺に近づいた。
「下着はみ出て邪魔ですね」
「ぎゃー!」
那珂川の手でずるん、とパンツが下げられ、俺は慌てて逃げた。
「な、な、何しやがんだ!!」
怒鳴る俺に、那珂川は呆れたように息を吐いた。
「これくらいなんです。相須さん、商品開発に対して懸命さが足りないんじゃないですか。なんだってやってやる、死ぬ気でプレゼン勝ち取ってやるって気持ち。それがあればパンツ脱ぐくらいどうってことないでしょう。だから、いつも今一歩のところで商品化を逃してるんじゃないですか」
「!!」
ピシャーン!
雷に打たれた気分だった。
俺には、覚悟が足りてなかったというのか。
いつも無表情でロボットみたいにプレゼンをする那珂川は、実は俺以上の努力をして、商品開発のためなら真っ裸になるくらいどうってことない覚悟でやっていたというのか。
実際、俺は今、那珂川のアイデアをかすめ取ってやろうなんて、ふざけた考えを持っている。だから、そんな俺だから、勝てないっていうのか。
「く……わかったよ!商品開発のためだ!」
半ば自棄になりながらも、俺はパンツを脱ぎ捨てた。那珂川にできて、俺にできないはずがない!
「はい、じゃあもう少し、腰突き出して」
「う、うう……」
とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。尻見えてるだろ、これ。
「はい次、ここ座って」
「おう」
「そこで膝立てて」
「え、スカートの中見えるだろ!」
「立てた膝で隠れます。まぁ見えてもいいけど。右手は膝頭に、左手は口元に寄せて、上目遣いで。ほら早く」
「こ、こう……?」
「そうそう、で、次は……」
***
俺は頑張った。すごく頑張った。写真を撮り始めてかれこれ十分。
だけど、さすがに、もう、限界だ。
床に横座りになり、上からのアングルで写真を撮られながら、俺はぐずぐずと鼻をすすった。
「もぉ、無理、やだ、もうやだ…恥ずかしいからやだ……もうしたくない……つらい……」
涙目になりながら、俺は訴えた。
無表情のまま写真を撮り続けていた那珂川が、そうですね、と頷いた。
「もう十分写真は撮れましたので……じゃあ最後に、これ商品のキャッチコピーなんですけど。読んでください」
そう言って、那珂川は大きな文字の書かれたA4の紙をスマホの横に取り出した。俺はやっとこの苦痛から解放されるとその紙を見上げ、なんの疑問もなく読み上げた。
「お願い、えっちな魔女っ子に悪戯、して……?」
――は?なにこのAVみたいなキャッチコピー?
ぴろりん。
こちらに向けられていたスマホから、シャッター音ではない音がした。この音って……
「はぁ……最高」
那珂川が満足げに息を吐く。そして、スマホと紙をテーブルに置き、しゃがみこんできた。
「てか、おまえ、今、写真じゃなくて動画撮った……うわわわっ何っ」
絶対動画を撮っていた。咎めようとしたのに、ガシャンと手に何かをはめられ、言葉がさえぎられてしまった。
見れば、カボチャの形をしたプラスチックの手錠が、俺の両手に嵌められていた。
「あ、これも試作品。パンプキン型手錠です」
「ハロウィンに手錠関係なくね!?」
「パンプキン型ですから」
ずい、と那珂川が俺に近寄る。反射的に俺は下がろうとしたが、両手は拘束されているし、座ったままだしで、床の上にあおむけに倒れて終わった。その俺を覆うように、那珂川が上から圧し掛かってくる。
「ちょ…、なに……」
「いたずらして欲しいって言われたから」
「お前が読ませたんだろ!?」
那珂川の右手が、俺の太ももに触れた。待て、なんだか雲行きが怪しいぞ。
「待て待て待て待て!お前ほんとーにこれ売れると思ってんの!?」
焦って叫ぶ俺に、那珂川はそれとわかるほど呆れた顔をした。
「は?馬鹿ですか?こんないかがわしい商品、出せるわけないじゃないですか。俺の案は他にあります」
「はぁー!?てめぇ、ふざけてんのか!」
俺の死ぬ気の覚悟はどうしてくれる!というか、他の案、あるのかよ!
俺が怒り心頭だとわかりきっているくせに、那珂川は表情も変えず言い放った。
「相須さんに、この格好させたかっただけなんで」
「なんで!?」
「悪戯させてくれたら教えます」
太ももに触れていた手が、するりと上へ上がる。ひぃ、とその手の方を見た俺の目に、別のものまで飛び込んできた。
「やっやっ、てか、お前なんで、勃って……」
明らかに、那珂川のスラックスの前立てが膨らんでいる。
切れ長の瞳が、すっと細められた。
「悪戯させてくれたら教えます」
「ちょ、ま……やぁぁぁぁぁぁ!」
***
「うっうっ……」
俺は床に転がったまま、顔を両手で覆いしくしくと涙を流した。
――手でイかされてしまった。男の、しかもライバル視してる後輩に。
だってだって、うますぎるんだもの。気持ちよかったんだもの。誰にともなく言い訳をしながら、俺は恥ずかしさと悔しさに転がり続けた。
「まぁ、これに懲りたら合同プレゼンなんて小狡いこと考えないで、自分の力で頑張ってくださいね。俺も個人で出ますので」
「うう……」
最初から全部バレていたのだ、那珂川のアイデアをかすめ取ろうという俺の目論見は。だから、こんな手の込んだ嫌がらせをしてきたというのか。
「あ、悪戯させてくれたんで、理由、教えますけど、」
ふいに声が近くなって、俺は顔をあげた。那珂川は俺の手を取り、そこに嵌められていた手錠を外した。そのまま手を引かれ、俺は立ち上がらされた。
今更もう、わざわざ嫌がらせですなんて理由、言わなくていいのに。しかし、手を振り払おうとした瞬間、予想外の言葉が降ってきた。
「――相須さんが好きだからです」
「……えっ!?」
俺は耳を疑った。振り払おうとした手を止め、思わず那珂川の顔を見上げた。
那珂川はふざけた様子もなく、じっと俺を見つめてくる。
「いっつも感情丸出しで、馬鹿みたいに素直なところがすごく好きです」
「えっ、えっ…」
「この仕事が好きだって感情丸出しで働いてる相須さんを見てると、すごく幸せな気持ちになります。俺も頑張ろうって、思えるんです」
「あ、あの…その……待って、なに、いきなりそんな……」
「すごく、すごく、大好きです」
ふわり、と那珂川が微笑んだ。初めて、感情のある顔を見た。
――きゅん。
と、胸が高鳴ってしまった。
だって、だって、俺の理想そのものの顔で、そんな優しく笑んで、そんな情熱的に口説かれたら。
柔らかくも熱っぽく見つめてくる切れ長の瞳から、目を逸らせない。どくどくと、心臓が痛いくらい脈打つ。
「――なんで、ぐっちゃぐちゃに犯してやりたい」
「は!?」
一瞬にして俺は我に返った。急いで那珂川の手を振り払い、距離をとる。
「あっぶねー!何ときめいちゃってんだよこんな変態に!」
「俺にときめいたんですか?なら今からセックスします?会議室使用一時間延長しましょう」
「するわけねーだろボケ!会議室をラブホみたいに言うな!」
「ちっ…」
え!?今こいつ舌打ちした!?
見れば、那珂川はいつもの無表情に戻っていた。しかし、実はこいつ、感情の起伏激しいのでは…?
「まあ、今は我慢しときます……でも、次のハロウィンコンペ、俺が勝ったら今日以上の悪戯させてくださいね」
「はぁぁ!?」
「ちなみに拒否権ないですから」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
言いながら、那珂川はスマホの画面を俺に向けた。
そこにはいかがわしい魔女っ娘コスプレで尻をこちらに突き出しながら恥ずかし気にポーズを決めている俺の姿。案の定、スカートから生尻がはみ出ている。そのほか、先ほどまでのあれやこれやのデータも、あの中にしっかり入っているのだ。
拒否したら、写真をばらまくとでも言うのか。完全な脅しじゃねぇか!
「さて、今日はたくさんのオカズをありがとうございました」
「オカズ!?」
ぎょっとしているうちに、那珂川はスマホをスラックスのポケットにしまい、俺のパンツをスーツの内ポケットへと入れてしまった。
「え、ちょ、パンツ返せよ変態っ!画像も消せー!俺の写真をいかがわしい目で見るなぁぁぁ!」
「じゃ、失礼します」
叫べども、那珂川はあっさり会議室から出て行ってしまった。追いかけようにも、俺はまだコスプレノーパン姿のままだ。
俺はへなへなとその場に座り込んで、那珂川の出て行った扉を呆然と見つめた。
頭の中はパニックだ。衝撃が大きすぎて整理がつかない。
ただそれでも、一つ確実に言えることはある。
――ハロウィンコンペ、死ぬ気で勝ち抜かねば!!
決死のハロウィン商戦――おしまい
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