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始まりの話1

俺、田中優太はその名からも滲み出る通りごくごく普通の平凡な男子高校生であり、その名に恥じぬ当たり障りのない人生を送ってきた。 テストはいつも大体平均点で、運動は少し苦手。 容姿も言わずもがな。取り立てて目立つ所のないパッとしない顔立ちをしている。 だが俺は自分のこの平凡さが案外気に入っていた。 普通であることは素晴らしい。 劇的にハッピーな展開は無くとも、逆にいえば心底苦しむことも無い。 不幸を乗り越えた先で大きな幸せを堪能するよりも、手に届く範囲の小さな幸せをちびちび舐めて生きるぐらいの方がきっと良いのだ。 普通万歳!平凡を崇めよ! そんな平凡至上主義の俺の日常が、最近とある男のせいで少しずつ崩れ始めている。 あいつの前でだけ、俺は普通の感情でいられなくなってしまうのだ。 そして俺は、そんな自分を許せないでいる。 俺が神木坂陸と出会ったのは高校一年生の時だ。 とは言っても、同じクラスでありながら最初の数ヶ月は全くと言っていいほど関わりはなく、唯一会話をしたのも「ちょっとそこどいて」「あ、ごめん」ぐらいなもんで、そいつは俺にとって縁のない人物であった。 なぜなら、そいつは超の付くイケメン。 噂によるとフランスかイタリアかの血が混ざっているらしく、スッとした鼻筋にくっきりとした二重でふわりと癖のある髪は僅かに色素が薄い。 少し垂れ下がった目尻のおかげで柔らかい印象を受ける瞳はつやりとした蜂蜜色で、まさに巷で言う「甘いマスク」とやらそのものだ。 おまけに身長まで高いときた。 いやいや神様、さすがにやりすぎじゃねえ? 絶対こいつを創造している時にテンション上がってノリでほいほいスペック付けまくっただろ。 そんでもって、俺を生み出す時にはなんかもう全部面倒くさくなって初期設定の全部平均値のままこの世に送り出したに違いない ちなみに、後にこの「神木坂陸深夜テンション創造説」を熱説したところ、陸は膝から崩れ落ちて笑っていた。 そんな俺と神木坂が話すようになったのは、忘れもしない、夏休みが終わりでもまだ蒸し暑さが残る9月の半ば頃のとある事件がきっかけだった。 その日の4時間目の授業は日本史だった。 日本史の担当を受け持つ山センこと山口先生はとてもお堅い性格で、生徒の間でも山センは怒らすとヤバイという共通認識で皆静かに授業を受けている。 俺も頬杖をついて山センの声をぼんやりと聞きながらただ時間が過ぎるのを待っていた。 しかしその時、衝撃の光景が目に飛び込んできたのだ…! 山センの!社会の窓が全開! しかもなんとその隙間からいちご柄が覗いている。 吹き出さなかった俺を褒めて欲しい。 あの、あのクソ真面目な山センが、 いつもお辞儀が直角で勢いが良すぎるせいで前髪がサイヤ人みたいになる山センが、 一回の授業中に32回「ン゛ッつまりはですね〜」と言う山センが…!(数えた) まさかのいちごパンツ…!! なんという衝撃の事実。世紀の大発見。 それなのに、他のクラスメイトは誰も気付いていない。 これぞ孤独。圧倒的孤独。 お願いだから誰か気付いてくれ! 俺一人でこの笑いと立ち向かうのは正直限界だ…! この感情を誰かと共有しないと俺は死ぬ…! 縋るように周囲に目をやると、俺の斜め後ろの席で綺麗な横顔が歪むのが見えた。 (神木坂…!) そう頭の中で叫んだ俺の念が届いたのか、パチリとその透き通る瞳と視線が合う。 鼻の穴を膨らましながら頬杖をついた手で口元を隠しぷるぷる震える俺を見て、神木坂も察したらしい。 俺たちは頷きあって、この狭い教室の中でお互いが唯一の理解者であることを確かめ合った。 共にこの苦境を乗り越えよう…! 「ン゛ッつまりはですね〜、本能寺の変が1582年に起こりまして、そこで織田信長は自害したんですけども〜この年号は覚えておいて損は無いのであって〜、ン゛ッつまりはですね〜語呂合わせでですね、1582年、「いちごパンツで本能寺」で覚えるといいですね〜」 「「グェエッホ…!ゲエッホッッ!!」」 教室に二つの大きな咳が響いた。 いや、無理だろ!これ耐えるとか無理だろ!? なんて年に死んでくれたんだ信長…! ほらみろ神木坂なんて可哀想にもう涙目だ。 信長の死に感極まって泣きそうな人みたいになっちゃっている。 「ン゛ッ、では皆さんで唱えてみましょう。いちごパンツで本能寺〜」 「「「いちごパンツでー」」」 もうやめてくれえ…!!! 授業が終わって山センが教室を出て行くと同時に、俺たちは飛びつくように手を取り合い笑い転げた。 そうして、辛い数十分を共に戦い抜いた戦友として肩を叩きあったり、あの時は駄目かと思ったと振り返ったりとお互いの頑張りを称えあった。 そのまま俺と神木坂は自然とよく話すようになり、意外とウマが合って仲良くなり、いつしかクラスでは大体いつも一緒に行動するようになった。 この「いちごパンツの変」以降急激に仲良くなり出した俺たちを不思議に思ったクラスの女子が理由を聞いてきたので、「そうだな…俺と神木坂は山センの股間で繋がれた仲ってところかな…」と言うと、女子は「え…どゆこと…」とドン引きし、神木坂は横でカフェオレを思いっきり噎せ返ったのだった。

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