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始まりの話 2
話をしてみると、神木坂は案外話しやすいやつだった。
イケメンでハイスペックなヤツなんて実は裏では女遊びが激しかったり他人を見下してたりしてんじゃないかと勝手に構えていたが、話してみるとどうやら神木坂は内面もできたやつらしい。
なんかもう、最初から疑ってかかっていた自分の僻み根性が恥ずかしい。
一度本人に
「お前顔も良くて勉強もできて運動もできる癖に性格まで良いとか意味分からん!ちょっとは慎め!凡人に配慮しろ!僻むぞ!!」
と難癖を突き付けたことがあるが、
「自ら僻む宣言する人初めて見た…」
と腹を抱えて笑っていたので「僻みチョーップ!」と頭に手刀をお見舞いしてやったら笑いすぎで再起不能になっていた。
そう、神木坂は意外にもゲラだった。
たいして面白くもないであろう俺の話にも、その整った顔をこれでもかと言うほどくしゃくしゃにしてしょっちゅう声を上げて笑った。
笑いすぎてついには涙を流すことも少なくない。
曰く「田中の脳みそ通さず勢いで話してるみたいなところがツボ」らしい。
えっそれ馬鹿にしてない?
でもまあ、自分と話してそれだけ笑ってもらえるというのはまあ悪い気はしなくて、その笑い声につられてこっちまで楽しくなってしまうのだから、俺にとって神木坂の隣は特別に居心地が良いのだ。
話す前は「あんな美形の隣になんて絶対に立ちたくない」と思っていたのだから、偏に神木坂の人柄のなせる技だと思う。
そんな完璧人間なのに、何故常に俺と一緒にいるようになったかは心底謎だ。
ただ本当になんとなく、自然と、気付いたらそうなっていた。
神木坂は人気者で気付けばよく人に囲まれていたけれど、そんな中でも俺を見つけると嬉しそうな顔をしてひょこひょここっちに来るもんだから、そんなそいつの様子に僅かな優越感を抱いたりもした。
小っ恥ずかしいから口には出さないけれど、確かに俺たちは“親友”なんだと思っていた。
その自分の感情が揺らぎ出したのは、出会ってから一年が経って、2年に上がってからだった。
「もうすぐクラス替えかあ…」
一年生も終わりかけの頃、ふいに神木坂がそう言った。
「…そう、だな」
あと少ししたら、俺たちは同じクラスでは無くなるかもしれない。
当たり前の事実に今更気付かされ、自分でも笑えるぐらい動揺した。
「…クラス変わってもさ、これまで通り仲良くしてくれたら嬉しいな」
「……おう」
頷きながら、しかし頭の中ではきっとそうはならないと思っていた。
神木坂は嘘をつかない。彼の言葉はきっと今の本心だろう。
けれど、そもそもこいつは俺なんかと一緒にいるような人間では無いのだ。
新しいクラスでも沢山の人に囲まれて、新しい友達もすぐにできるだろう。
神木坂はサッカー部だから、後輩も入ってきてどんどん忙しくなって、俺のことなんか頭の中から抜け落ちるに違いない。
そうなると、俺は別のクラスにまで足を運んで呼び出すほどの勇気は無かった。
そもそも、これだけクラスでは一緒にいた神木坂とも放課後や休日に遊びに出かけたことは無い。
クラスメイトだからこそ関係が成り立っていた。
きっと、飴が溶けるみたいにじわじわと俺たちの関わりは薄くなっていくのだろう。
「なあ、陸」
「なあに優太」
重ねた時間の中で、いつしかお互い呼ぶようになった下の名前も、今では当たり前のように舌に馴染んでいるのに。
俺は適当なノートの隅を破ると、手元にあったペンでいちご柄のパンツの絵を描いた。
目玉と口と前に突き出す下手くそな手も書き足して、「STOP!社会の窓の閉め忘れ 〜貴方の不注意が、誰かの腹筋を殺します〜」の文字を吹き出しで囲んだ。
「餞別だ。まあ寂しくなったらこれ見て思い出せ」
「ブッ…!」
案の定、陸は吹き出して撃沈した。
「いや、これ見ても、フッ、思い出すの、ヒヒッ、絶対優太の顔じゃなくて、山センでしょ……」
「ホホホ、感動したからって泣くでない。」
「笑い泣きしてんの!」
この、無くなるんじゃないかというぐらいにキュッと目を細め眦を下げる全力の笑顔を、一番側で見るのが自分ではなくなることは、なんだかとても寂しい気がした。
終業式の日の朝、「はい、僕からも餞別。後でこっそり見てね」と封筒を渡された。
式の最中、校長の話が「三つの心得」と銘打ったにも関わらず既に6つ目の話題に入り大いに暇だったのでこっそり開けてみると、中からコロリとストラップが出てきた。
なんと、俺が前に描いたいちごパンツちゃんの。
あいつ、まさか手作りしたのか…!?
「ブッフォ…!」
俺の吹き出す声が体育館に響き渡り顰蹙を買ったことは、言うまでもない。
ついでに振り返ると、列の後ろの方で元凶は思いっきりニヤニヤしていた。許すまじ。
そんなこんなで、高校生活1年目は割と呆気なく幕を閉じた。
陸に会えないその年の春休みは、酷くつまらなかった。
桜が世界に淡い桃色をチラつかせる春、俺は校門の前で合格発表日の受験生のごとく緊張していた。
玄関口でプリントが配られている。
きっとそこにクラス表が載っている。
なんとなく足を踏み出す勇気が出ずにその場でうろうろしていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「優?立ち止まってどしたの?」
「あーいや、別に。ていうか久しぶり、陸。」
「うん。久しぶり。」
ふわっと微笑んだ二週間ぶりに見るその整った顔は、何故かいつもに増してキラキラオーラを放っているように見えた。
春の光を受けて、綺麗で、眩しい。
「じゃあ行こっか。クラスどうなってるかなあ」
「う、うん」
いい加減に逃げ場も無くなって、釣られるように足を踏み出す。
一歩一歩受付に近づくたびに、バクンバクンと心臓の音が不快なほどに大きくなった。
「おはようございます〜、このプリントを一枚取って体育館に行ってください〜」
「は、はい!」
変な汗で湿った手でプリントを手に取ると、意を決して視線を落とした。
1組……には無い。
2組……も違う。
3組………
隣で見ていた陸と同じタイミングで勢いよく顔を上げて指を指し合う。
「「3組!!!」」
同じ!!同じクラスだ…!
今年も陸の近くにいれる…!
やったやったとハイタッチして喜びを分かち合う。
体の奥からぶわっと熱が上がってきて、顔が火照って少しだけ泣きそうだ。
「今年もよろしくー!!」
「うわあっ!?」
感極まって思わず陸の胸に飛びつくと、陸は不意を突かれて一瞬よろけたもののすぐに踏ん張って受け止めてくれた。
俺よりも頭一つ分高いそいつの胸板に思いっきり頭突きしてしまってから、いやいや喜んで抱きつくとか女子かよ、と自分の突飛な行動に急に恥ずかしくなって急いで離れようとする。
しかし、俺が身を引くのより一瞬早く、あいつの腕が伸びてきて俺を抱きしめ返した。
「りっ…」
「こちらこそ、よろしく」
耳元から注ぎ込まれた少し掠れた柔らかい声。
ふわっと届くこいつ自身の匂い。
背中にまわる力強い腕。
頬を微かに擽る髪。
何か色々いっぱいいっぱいになって思わずバッと顔を上げると、至近距離で優しく微笑む蜂蜜色の瞳と目があった。
「また優太と一緒で嬉しい」
「う……あ、……」
ニッコリと花が咲いたような笑顔に、バクリ、と心臓が聞いたこともないような音を立てた。
頭に血が上って、思考回路が纏まらない。
…駄目だ、なんか、やばいーー
「……っ、う、あ……奥義!縄抜けの術ーー!!!!」
「ぐあっっ!!!」
とにかく解放されたくて全力で暴れると、ゴチンという音とともに頭頂部が何かにぶつかり目の前に星が飛んだ。
緩んだ腕から抜け出して目を擦ると、目の前で陸は顎を抑えて蹲っていた。
「わ、わりぃ、えと、その、尿意!!」
「は?」
「きゅ、急激な尿意!!大ピンチ!!俺トイレ!!先行ってて!」
「え、ちょ、」
ぽかんとしている陸に背を向けて、俺は全速力でその場から逃げ出した。
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