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第32話 おまけのショートストーリー
「おい、浩司」
少し不機嫌な声でそう言いながら、純太が両脚を俺の腰に絡みつけグイと引き寄せる。
「いつまでもビビってないで、ガツンと来いよ。先生にもお墨付き貰ったんだから」
いや、そういうお墨付きじゃないだろう。
今日は純太の3年目の定期健診の結果が出た日だった。癌を患った者にとって3年目の検診は大きな意味を持つ。癌の再発は3年以内に起こることが多いからだ。
だから俺たちにとっても、今日は特別な日だった。
「何も懸念材料はありませんね。次の検診はもう1年後でいいでしょう」
医師のその言葉がどれほど嬉しかったか。
二人でちょっと高めのステーキ屋で祝杯をあげ、ほろ酔い気分で帰って来た。機嫌よく揺れながら鼻歌を歌い続けている純太を抱えてシャワーを浴び、ベッドへもつれ込んだところだ。
「お前、俺が頭くり抜いてから、いつでも壊れ物みたいに扱い過ぎ」
片方の口角を上げて色っぽく笑いながら、俺の唇を指でつうーっとなぞる。
「純、酔ってんな」
「いんにゃ。いっつもお前にセーブさせてんじゃねえかって・・・もう平気なんだから、気ぃ遣うな。それとも病気なんかした奴じゃ辛気臭くって、燃えねえ?」
確かにどこか繊細な工芸品みたいなイメージは俺の中にあったかも知れない。純太が壊れてしまうことが俺はなにより怖いから。ガサツな俺が乱暴に扱って傷でもつけたらって。
「まさか。美味い肉と酒の後は、お楽しみのデサートだろ。今日は気分がイイからガッツリいただこうか。途中で泣いても知らねえよ?」
そんな言葉を吐きながらも、俺の腕の中に健やかな純がいるという喜びを噛み締める。
「俺も今夜は最高に気分がいいんだ。ほら、早く、頭が痺れるぐらいのキス、くれよ」
純太も挑発するような台詞を吐きながら、その瞳にはただただ俺への:愛(いつく)しみが溢れている。
ずっとこの幸せが続きますように。
そう祈りながら赤い唇に口付けた。
目覚めが良くいつも俺より早く起きる純太が、今朝はすーすーと寝息を立てながら眠りこけている。さすがに昨夜は無理をさせ過ぎたか。
起こさぬようにベッドを抜け出し、ダイニングで目覚ましのコーヒーを淹れる。
コポコポと音を立てるコーヒーマシンの傍で朝飯のメニューを考えていたら、スマホがメッセージを受信した。
品川からだった。
純太は術後、品川の事を忘れてしまった。
手術の後遺症は最小限で済んだが、やはりしばらくは記憶の欠落に純太はしばしば戸惑った。混乱に拍車をかけぬよう、俺は無理にそこを元通りにさせようとはしなかった。まず、仕事に復帰して日常生活をつつがなく送ることに俺たちが重点をおいたからだ。
だから、品川とは俺が連絡を取り合っている。
昨日の経過報告も知らせておいたので、それに対しての返信がきたのだろう。
だがアプリを開いて、俺は思わず「おお」と声をあげた。
純太の良好な経過を喜ぶコメントの後に、「とうとう結婚することになりました」とあったからだ。最後ににこやかに微笑む品川と婚約者の写真も添えられていた。
純太の同志であった知世さんが亡くなって、来年で10年になる。
品川もようやく新しいスタートを切ったのだな。きっと知世さんだって、天国で祝福しているに違いない。
無性に純太の顔が見たくなってベッドルームに戻る。
気配を感じたのか眠りが浅くなってきたのか、目をつぶったまま純太の手がシーツの上を滑り、隣にいるはずの俺を探している。
今日は俺がいつものお返しをしてやろう。
純太の髪を優しく撫で、額にキスを落とす。
耳元に唇を寄せ、囁いた。
「純、愛してるよ」
< 完 >
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