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第31話 <第7章>
「はい、お茶」
湯気の立つ湯飲みを目の前のテーブルに置き、浩司がソファーの隣に座る。
「サンキュ」
「さっきの昼飯、旨かったよ。しかも、純の作るのってなんか洒落てるよな。盛りつけ方も、カフェ飯ってやつみたい。やっぱ、純はなんでも器用だしセンスがいいよな」
「いや、あれは真似てみたんだ。前の職場の近くの…あれ、違うかな…えっと…どこだっけ?」
繋がる先が見えなくなってまごつく俺に助け船を出すように、「やっぱり東京は洒落た店が多いもんな」と浩司が微笑む。
「純、寒くないか?なんかもう一枚羽織る?部屋の温度上げる?」
背中側から腕を回して自分とは反対側の俺の腕を大きな手でさすりながら浩司が訊ねる。
「いや、大丈夫」
そう答えながら、甘えるように隣の大きな体にもたれかかった。浩司が腰に手を回して自分の方へ引き寄せてくれる。ほら、陽だまりみたいにあったかいお前が横にいてくれるから、寒くなんかない。
腹腔鏡手術で、腹に小さな穴をいくつか開けるだけで済んだ前回の手術と違い、頭蓋骨をくりぬいて脳内の腫瘍を摘出するなんて、とても無事に済むとは思えなかったのに、いざ終わってみると、ちゃんと俺は生きていたし手も足もちゃんと動いた。
悩まされていた激しい頭痛から解放されたし、心配されていた後遺症も僅かな記憶障害と言語障害のみにとどまったから俺はラッキーだったのも知れない。
時々言葉が上手く出てこなくなるが、トレーニングで改善する可能性もあるようだ。何より術後からとても気分がいいのだ。
漠然とだが前はもっと・・・ああ、こういう時はなんと言うんだった?まあ、色で例えると青みが効いた冷たいグレー?それに対して、今はミルク色のふわふわ毛布の中。だから社会復帰に向けた療養とリハビリもとても前向きな気持ちで取り組める。
それに俺の全部を分かってくれている恋人が温かく包んで支えてくれるから。安心して寄り掛かれるものがあるってやっぱりいいよな。
浩司との付き合いは長い。なにしろずっと…あれ?いつから?
肩を抱く男を見上げ、その男っぽい顔を見つめる。彼のもっと子供っぽい表情を俺は知っている。どこへいくにも俺の後をついて来て…そう、ずっと前から浩司とは…
「ん?どうした?」
こちらを覗き込む穏やかな笑顔。
ヤンチャなガキで、他人にはぶっきらぼうなくせに俺の前では甘えん坊で…いつの間にこんなに大人の男になった?
「こう…じ?」
「なんだよ、そんなに見つめて。あー、キスのおねだり?」
少し色っぽく笑った浩司がもう一方の手で俺の頬を包み、顔を近づけてくる。鼻孔が慣れ親しんだ浩司の匂いを捉える。
そう、俺はずっと昔からこれを知っている…はず。記憶の繋がった道が唐突に空中でスパっと断ち切られている。このまま進むと、落ちる?
唇が触れる直前に黒い瞳で見つめられ「純、愛してるよ」と甘く囁かれると、脳内に幸せホルモンがじわじわと広がってゆく。
合わせられた唇からも浩司の「愛してる」が流れ込み体内に浸透していく。
道路の先は見えないまま。
でも、まあいいか。
今、これ以上ないほど満ち足りているんだから。
両腕を愛しい男の首に回し、その口づけを深く受け入れた。
< 完 >
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