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第1話

 ひとめ惚れだった。  「では続いて生徒会長の大河内蓮(おおこうちれん)君より新入生への挨拶があります」   退屈な訓示か続く中、壇上に立ったその姿に思い切り顔を張られた。堂々としたその態度、全校生徒の頂点に君臨する雄々しい獅子のようだった。壇上の大河内はくいっと顔を上げた。ふわりと揺れた薄茶色の髪がまるで(たてがみ)のようだった。  「きっ、綺麗だ……」  思わず小さい声を出した田中を大河内がきっと睨んだ。ヘーゼルの瞳は講堂の壇上では茶色のビー玉のように見える、大河内のその瞳に魅入られた。「人は恋をするんじゃない、恋に落ちるのだ」誰かが田中の耳元でそう囁いた。  新入生が生徒会と直接係わることはない、でもどうしても近づきたい。田中は迷わず新聞部への入部を決めた。堂々と憧れの生徒会長をそのファインダーに収めるために。  小遣いをつぎ込んで一眼レフと望遠レンズを購入した。学校の備品のカメラでは不十分なのだ、野生動物を捉えるには高性能なカメラが必要だった。レンズの値段は本体の三倍だ。それさえも気にならなかった、些細なことだった。カメラのレンズを通して見る大河内は一分の隙も無い完璧な表情をたたえ、常に堂々と闊歩していた。  「ああ会長、今日も本当に素敵です」  レンズの向こうにいる男の瞳は時間によって、太陽の光によって色が変わる、田中はそこに潜んでいる摩訶不思議な魅力に惹きつけられていった。一年生の校舎にある普段使われていない多目的室が田中の休み時間の定位置だ。そこから三年生のクラスをレンズを通して見つめ続ける。シャッターを切る、切る、切る。  小さなその機械音にぞくぞくとする。  「ああ、触れてみたい。僕に触れてください」  会長の後を望遠レンズで追う。また見失ってしまった。時々、会長が三年の教室から消える昼休みがある。そしてそれはいつも五時限目に体育がある木曜日だと気が付いた。  「会長どこへ......」  仕方なく教室に戻ると入り口でクラスメイトが声をかけてきた。  「田中、お前どこ行ってたんだ?佐藤部長が探してたぞ」  「あ、いけね。忘れてた、ちょっと新聞部の方へ行ってくる」  学校の季刊誌の発行に際して生徒会役員の写真を撮ることになっていたのだ。  「先輩、すみません。ちょっと腹が痛くて便所に」  「ああ、田中か。今日の放課後山田と一緒に会長のコメントとりに行ってくれ」  「はいっ!喜んで」  思い切り大きな声が出た。会長の写真が堂々と間近で撮れるのだ、大きく引き伸ばして部屋の壁に貼れる等身大ポスターを作ることさえできる。  「ああ、僕のアフロディーテ(最高の美神)待っていてね」  小さく呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

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