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第1話

料理は、作るのも食べるのも好きだ。作るにせよ食べるにせよ、美味しい食事の方が良い。幸せで満たされた気持ちになるし、活力になる。だから、ロンドンじゅうの評判の良い店にはあらかた足を運んで食事をしてきたし、キッチンに立つ時は丹精を込めて調理する。 秋の気配が濃く、深くなってきた今夜、ショーン・スコットはオーブンから取り出したお手製コテージパイの程よい焼き目を見て、ひとり満足げに笑みを湛えていた。 ウェストミンスターの病院で救命医として働くようになって、10年ほどになる。 シフト制で休みは不定期なため、今日のようにほとんど丸1日オフの時くらいにしかキッチンに立たないが、その分、時間をかけて料理する。それが楽しくてしょうがなかった。 一から作ったミートソースとマッシュポテトを重ね、オーブンで焼いたコテージパイに、野菜たっぷりのコンソメスープ、それに近くの洋菓子屋で買ってきたプリンを添え、ぬるいビールを用意した。腕時計に視線をやれば、針は夜の8時前を指している。夫のポールはもうすぐ帰ってくるはずだ。 2歳年下のポール・スコットは、ニュー・スコットランドヤードの刑事だ。重大犯罪――殺人事件などの捜査に携わっているという。 仕事に対する情熱はなく、惰性で働いているとしきりに言っているが、根は真面目で責任感の強い人間なので、職場での評価は高いようだ。以前、プライベートで食事した解剖医のレベッカ・パウエルが、「言ってることと行動が伴わないのよね。ポールみたいな子を、日本ではツンデレって呼ぶそうよ」とニコニコ笑いながら言っていたので、きっとそうだ。その時、となりにいたポールはずっと首をひねっていたが。 前日が夜勤だったショーンは、ポールが帰宅する前に家を出ていた。 今朝、帰宅した際には彼はいなかった。慌しく家を出て行ったのだろう、ベッドはぐちゃぐちゃのままで寝間着は床に脱ぎ捨ててあった。 目覚ましのアラームをかけ忘れて寝坊したのか、それとも上司からの緊急連絡があったのか。いずれにせよ、朝からお疲れ様と思いながら、ショーンはそれらを片づけた。そして、ひと眠りした後、夕食の買い出しのため、バラ・マーケットへ向かった。 夕方からずっと、黒いエプロン姿でキッチンにいた。買ってきた野菜を手際よく切っていき、フライパンで炒めたり鍋で煮込んだりしていると、窓の外はいつの間にか暗くなっていた。 料理が完成した今、ショーンは見えない尻尾をちぎれんばかりに振り回し、ポールの帰りを待つ。ダイニングにはミートソースやコンソメの匂いがふんわりと充満し、さっきから腹が何度か鳴り、きゅうっと胃の腑が縮こまるような感じがあった。

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