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第2話
フラットに隣接する駐車場に、車が一台入っていく音がした。多分、ポールだ。ショーンはキッチンから玄関へと向かい、ドアを解錠した。しばらくして、コツコツと足音が聞こえてくる。
約2日ぶりにポールの顔を見れる。声が聞ける。抱きしめて、キスができる。
そう思うと、頬が緩んで仕方がなかった。今の自分はきっと、ロンドン……いや、イギリスで一番、だらしのない表情をしているだろう。
がちゃりとドアが開けば、最愛の人の姿が見えた。ますます頬がだらりとするも、彼がまとう重苦しい空気に、おや、とショーンの片眉はあがった。
今日はいつもと違う。いつもは疲れながらも、家に帰ることができてほっとしたと言わんばかりの柔らかい雰囲気を連れて家に入ってくるが、今夜はそうではなかった。
何かがあったのだと察した。が、ショーンはいつも通りの笑みでポールを迎えることにした。
「おかえり」
「ん、ただいま」
疲弊しきった表情のまま微笑む夫に、キスを落とす。ちゅっと水気のある音を立てて唇を解き、ポールの細い腰に腕を回して、彼と見つめ合う。
「お疲れだね?」
「うん……今日はちょっと……いや、かなり……」
「先にシャワー浴びる? それとも食事にする?」
ポールの翡翠色の瞳が、どうしようかところころと揺れた。数秒の間があったのち、「食事かな」と小さな声で返ってきたので、ショーンはふふっと笑った。
「分かったよ。もう準備できてるから、すぐに食べられる」
「そう……いつもありがとう」
「いいよ。これくらいしか俺にはできないからね」
「そんなことない。色々と助けてもらってるから」
そう言って淡く笑ったポールと一緒に、ダイニングへと戻る。卓上の夕食を見た彼は「ご馳走だ」と笑みを深くした。
「ここ連日、ジャンクフードばかり食べてるって言ってたから、しっかりと栄養が取れてエネルギーになるものにしようと思って」
「嬉しいな。いい加減、マクドナルドには飽きていたから」
ふたりは笑いながら食卓につき、ビール瓶の蓋を開けて乾杯した。ふたりきりの晩餐が始まる。
取り分け皿にスプーンですくったコテージパイを盛り、ポールに渡す。受け取った彼がひと口目を食べるのを見つめた。……美味しい、と控えめに微笑んだ彼に、ショーンの頬は綻んだ。
「それは良かった」
「うん……トマトを多めに入れた?」
「ご明察。バラ・マーケットで買ったトマトが大きかったんだ。お陰でしっかりとした味のミートソースが作れてね」
「そっか……」
ポールは口元の微笑はそのままに目を伏せ、ゆっくりとふた口目をスプーンですくった。が、それを口に運ぶことはしない。……薄く開いた口唇から、小さなため息が漏れたのを、見逃さず、聞き逃さなかった。自らが作った食事を、内心で自画自賛していたショーンは、スープカップから口を離し、憂いを匂わせる夫に訊ねた。
「食欲ないの?」
「……あ、いや……そんなこと……」
慌てた様子で顔をあげ、一度は否定するも、ポールは居た堪れないと言わんばかりの表情になり、言い淀んだ。そしてまた、ため息をついた。
「……ごめん、そうみたいだ」
「やっぱりね」
「ごめん」
「謝ることはないよ」
ショーンは静かに微笑んだ。「コテージパイは俺が食べちゃってもいい? あ、スープとプリンは残しておいて、明日の朝ごはんにしよっか」
「……うん、ごめん。せっかく作ってくれたのに……」
ポールから皿を受け取り、ショーンはひとりで食事を再開した。まろやかな味のマッシュポテトと酸味と旨味がきいたミートソースが口の中で混ざり合っていくのを楽しみながら、ビールで喉を潤す。その様子を、ポールが頬杖をついて見ていた。
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