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第3話
セルフレームの眼鏡越しに、深く翳った瞳があった。いつもは澄んだ翡翠色をしているのに、今夜は陰鬱とした色をふんだんに混ぜ込んでいる。……目は顔のなかで最も心情が現れる部位だ。いくら口角や頬が上向いていても、目が笑っていなければ、本当の笑みとは言えないのだろう。
ショーンはスープを飲み干すと、ポケットから取り出したハンカチで口を拭い、そしてポールの濁った双眸を見つめた。
「仕事で何かあったんだ?」
「……そう」
ポールは苦い笑みを滲ませた。
「久々に、酷い現場に立ち会った」
「殺人?」
「あぁ。これまで見てきた中で、一番凄惨だった」
そう言って、瓶ビールを呷った。自分もそうだが、気が滅入っている時ほどアルコールを摂取したくなる。一気に半分ほど飲み、ポールは口周りについた泡を手の甲で拭った。
「話せるなら話して? それで少しでも楽になるのなら、何でも聞くから」
「……気持ちだけ受け取らせてもらうよ。ありがとう」
「いいの?」
「貴方まで、食事が喉を通らなくなる。それくらい、惨かった」
食卓に垂れ落ちたポールの視線が、彼の言葉の信憑性を高めていた。口にするのも憚られ、嫌なのだろう。「分かったよ」と言って、冷めないうちにとコテージパイを平らげ、腹いっぱいになった。
「……分かってはいるけど、やっぱり、映画でそういう光景を観るのとではワケが違う」
早くもビール瓶を空にしたのち、ポールはぼそりと言葉をこぼした。
「作られたものは映像や演出として完成されている。けど、実際の現場で目にするものはそんなんじゃない。何かしら、歪みが生じてる。……遺体から耳を塞ぎたくなるほどに聞こえてくるんだ。現場に残された容疑者の痕跡には当時の状況が克明に現れて、容疑者がどんな精神状態で犯行に及んだのかが見えてくる。……こんなに怖ろしい人間がこの街にいるのかと思うと、怖くてしょうがないんだ」
ショーンは静かに夫の吐露を聞いていた。彼は、心に深い傷を負ってしまっている。……トラウマの類いは、自分も長年抱えている。それに振り回され、精神が苛まれ、いくら喚き苦しんでも逃れられない日々を過ごしていた時期もあった。薬で症状をおさえても、精神科医のカウンセリングを受けても、勇気を持って傷と向き合っても、どうしても断つことができず、それは胸のうちに潜み続けている。いなくなったかと思えば顔を出し、我が物顔で頭に居座ることだってあった。
トラウマとは厄介なものだ。それが精神の一部にでもなったかのような感覚があり、ひどく絶望させられる。
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