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第5話
「俺も30年近く、ずっと引きずってる」
そう口にすれば、脳裏にあの日の光景が浮かびあがった。春先の寒々しい曇り空の下、幼い自分と妹の目に飛び込んできた燃え盛る車、薙ぎ倒された街路樹、路上に散らばる車の破片に、両親の損壊した身体。
自分たちが駆け寄った時には、すでに母親は息がなかった。瀕死の父親は青白い顔で力なく微笑み、搾り出した声で幼い我が子に愛の言葉を囁いていた。それが呪詛のごとく耳に響き、胸底へと落ちて溜まっていくようで、暖かくも苦しく、掻きむしりたい思いだった。
ふっと息を吐き出しながら瞑目し、次に浮かんできたのは、もっと新しい記憶だった。鳥肌が立った腕で、ポールの肩を抱く。
「アフガンでも、あの時と同じような光景を何度も目の当たりにして、その度に倒れそうなくらい血の気が引いて、怖くて震えっぱなしだった。次々と運ばれてくる負傷兵の姿を見て、助けたいと気持ちは昂ぶるのに、行動が伴わないことだってあった。……ポール、俺たちは弱いんだと思う。けど、それで普通なんだよ。怖いものを見て怯えて、調子が悪くなるのが当然。そう思わない?」
ポールは側頭部を擦りつけてくる。同意してくれているのか、否か。分からなかったが、その柔らかい麦わら色の髪を撫でながら、ショーンは凪いだ声で言葉を紡いだ。
「だからね、そういう時はこうして引っついていようよ。これで少しでも気持ちが楽になったり、気が紛れるならさ。俺も役得だしね」
「……ショーン」
「ごめん、はなしだよ。君に謝ってほしくない」
両腕を広げ、ポールの背中を包む。胸のなかにおさまった彼も、ぎゅっとしがみつくように腕を回してきた。そして、一度だけ大きな深呼吸をし、ぽつりと言った。
「……当分の間、夢にまで見そうで、たまらなく怖いんだ」
「その時は俺を叩き起こしてよ」
骨が浮き出た背中や、丸っこい頭を撫でながら、ショーンはポールの耳元で甘く囁いた。「君が安心して眠れるまで、腕のなかに閉じ込めるから」
「……うん」
「君が望むことは何だってする」
「……もう十分すぎるくらい、してもらってる」
ずっと強ばっていたポールの声が、解れたかのように柔らかくなった。それから、「あぁ」と呻くような声を吐き出すと、抱擁する腕の力を強めてきた。
「貴方と出会う前、自分がどうやって生きてきたか分からなくなってる」
ショーンは思わず、ふふっと笑う。
「それって、俺との生活が当たり前になってるってことだよね?」
「そう……僕にはもう貴方がいないとダメなんだ」
そう言って、ポールはぐりぐりと額を押しつけてくるので、さらに笑った。彼の身体をあやすように揺すりながら、ショーンはキッチンに背をあずけ、まぶたを閉ざした。
「俺もそうだよ。だから、うんと甘えるし、甘えてね?」
「……お言葉に甘えて」
くぐもった声に湿っぽさが混ざっているのに気づいたが、何も言わなかった。代わりに、彼の心までもを包み込むように身体を抱きしめ、そのぬくもりに身を預けたのだった。
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