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第5話

目の前には木造の天井。 そこには繊細なシースルーの天蓋はなく、武骨な裸電球がぶら下がり、フィオレオの驚いている顔が歪んだ形で浮かび上がっていた。 月明かりが部屋に充満しており、外からは時折酒で酔ったと思われる男女の下卑た笑い声が遠くから聞こえるが、車の音や子ども達の声は聞こえないため深夜であることが分かった。 いつもの安宿の風景だ。 肌に感じるベッドの感触もフカフカとは言い難く、薄っぺらく木の感触をモロに感じて体が痛い。 「……」 (ゆ、め…?) 一瞬頭が混乱したが、己のいる場所を認識した瞬間に、自分が今まで都合のよい夢を見ていたことをフィオレオは認識した。 (で、ですよね~~) 頭の中で、フィオレオは泣く。 もぞっと上半身を起こすとシングルベッドの横で眠るガットが小さく身動ぎをする。 夢のように小さく丸まって横向きでスヤスヤと眠っているが、シースルーの布、どころか一矢纏わぬ姿で所々に噛み跡や吸引した跡が残っており、あまりの扇情的すぎる姿にフィオレオは真っ赤になって掛け布団を肩までかける。 (やっぱり現実の貴方の方が素敵です…ガット…) そこでようやく昼間のことを思い出した。 ガットが酒と称した媚薬を飲ませてきて、お互いに獣のような交わりをしたのだと。 媚薬の効果で、普段はあまり連続で達することができないのが際限なく興奮し続け、互いに半ば意識を失うほど時間を忘れて貪りあっていた。 そういえば、なんだか性器が痛いような気がすると、フィオレオは慌てて己の股間をみやる。特に変わった様子はないことにほっとため息を吐いた。 ふと、いつものように魔法の力が抜けた感覚がないことに気付き、腕を見る。腕時計のような機械には、魔法の力や体力のゲージが映っているが、少量しか減っていなかった。 (たしか、…チェルノが使われてたはず…。だからかな) 回復に使われる木の実が功を奏したのか、今回は魔法が尽き果てて倒れることはなかった。 そこで、フィオレオははっと気づいた。 (こ、この感覚が、性行為のみで疲れるってことなのか!) 今まで魔法が尽きることで倒れていたため、性行為のみの疲労や感覚をフィオレオは知らなかったのだ。 (そうか…普通、あんなに連続でシても死にそうにはならないんだ?…あ、でも、今回も死にそうになったけど、いつもと違う死にそうっていうか…こう…運動を沢山した後みたいな感じで良い疲労感みたいな…) そもそも普通は、死にそうになるほど連続で性行為をしないことをフィオレオは知らない。 ガットと過ごしていると新しいことをいつも知るなと頷いて感心しているところで、「ん、ぐ…っ」とガットの苦しそうな声が聞こえてきた。 はっと横に視線をやる。 先程まで心地よさそうに寝ていたガットの顔が歪んでいる。眉間に皺を寄せて唇を噛んでいた。 「ん、ん"…っ」 喘ぎとは違うくぐもった声。 何か怖い夢を見ているのか、それとも、何か体の調子が悪いのか、フィオレオは心配になってオロオロとする。 (ど、どうしよう?起こした方がいいのかな?寝てるなら…いや、でも苦しそうだし、えっと…) 逡巡しながら意を決して手をガットの頬へ伸ばしかけた瞬間、 「…っ、カッ…ツェ…」 呻き声の合間に、小さいけれどはっきりと、名前が呼ばれた。 ピタッとフィオレオの動きが止まる。 「カッツェ…、ん……ッツェ…」 何度も掠れた声で名前が呼ばれる。 遠くの酒盛りの声の方が大きいはずなのに、小さなその音は明瞭にフィオレオの耳に届いた。 今までガットと過ごしていて、一度も誰かの名前を聞いたことはなかった。 ガットの色恋については怖くて聞いたことはないし、ガットも話すようなタイプではない。だけど、当然自分よりは経験豊富なことは肌で感じていたし、そんなガットが忘れられない人がいてもおかしくないし。カッツェって男性の名前だよね、つまりやっぱりそういうことだよね、カッツェって綺麗な名前だなぁ、どんな男の人だろう、そういえば、ガットの好みについてちゃんと聞いたことがなかった、まぁ、自分みたいなひょろっとした弱々しい、レベルも低いような男じゃ絶対ないよね、そもそも私はガットに釣り合う努力さえちゃんとしてなくて…と、フィオレオは固まったまま、卑屈さ全開な思考をぐるぐると張り巡らせる。 そうして、自分がショックを受けているんだとフィオレオは気づいた。 けれど、苦しそうなガットを放っておくことができずに、伸ばした手をガットの頬ではなく頭に乗せて優しく撫でる。 「…ガット…」 「く、ぅ…っツェ…カッ…、…、…すぅ…」 何度も優しく撫でているとその内にガットの眉間の皺が薄れて、柔らかな寝息を立て始めた。 心地よさそうに眠りを再開するガットを見つめながら今度はフィオレオの顔が歪む。 モヤモヤした感情に支配され、撫でる指先に力が入りそうになるが、ぷるぷると震えながらも我慢する。 月明かりに照らされて黒光る繊細な髪を優しく何度も撫でながらフィオレオはただ、無言になったガットの美しい造形を見つめ続けた。

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