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第7話
濡れた黒髪を薄いタオルでガシガシと乱雑に拭きながら食事の前に寄りたいとこがあるから先に出ると、ガットは言った。フィオレオは晴れている外とは正反対に雨雲でも背負っているのかと言わんばかりの暗い顔で力なく頷き、浴室へ向かっていった。
その姿を横目で確認しながらガットはあくびをする。フィオレオが何をそんなに落ち込んでいるのか分からず、相変わらず変なやつで面白いなと思いながらさっと支度をして、いつもより多めの金貨をポケットに突っ込み部屋を後にした。
人が歩けるように舗装されているが土のままの大通りを歩き、立ち並ぶ露店商の声かけには目を向けずに小路へガットは向かう。
時折眠そうにあくびをしながら日差しの強さに眉を寄せ、何の目印もない建物と建物の間に入っていくとようやく日差しが遮られてガットの眉間の皺が薄れた。
すると、ちょうど目の前に看板も何もない木の古びた扉が現れた。ガットは躊躇なくその扉のドアノブを掴み開いた。ギギギッと蝶番が錆びた音を鳴らすとカランカランと扉の上部内側に付けられていた小さな鐘が鳴る。
「…っしゃーい…」
間の抜けたやる気のない挨拶が聞こえた。しかし、店主の姿が見えない。いや、履き潰された靴の裏だけがカウンターからひょっこりと覗いていた。
道具屋の店主も立派な接客業だと言うのに、相変わらずの様子だとガットは小さく溜め息を吐く。
狭い店内の壁側には天井まで棚があり、所狭しと道具が置いてある。薬草や武具、装飾品などがカテゴリー分けもされずに陳列し、なぐり書きの文字で値段が張り付けてある。乱雑な置き方だがホコリは全くなく、清潔にはしているようだった。値段は露店の道具店に比べ0が一つ多めのようだが、表では取り扱っていないものばかりなので、それは致し方ない。
陳列棚を通り抜けて一直線にカウンターに向かうと、カウンターのあちら側でおそらく椅子に寝そべっているであろう店主に向かってガットは声をかけた。
「おっさん」
「んぁ"?あー…なんだ、お前か」
ガットが声をかけると、がさついた声を上げながら髭面の中年男性が姿を見せた。ボサボサの頭をガリガリとかきながら大あくびをしている。
一見して冴えない見た目だが、よくよく見ると精悍な顔つきだ。今朝フィオレオに言いながら思い出していた店主の昔の姿を思い起こし、もったいないなとガットは心の中で呟いた。
「今日はなんだぁ?昨日も来た、…ぁー…昨日やった裏モンか?どうだった?」
めんどくさそうに眉間に皺を寄せてガットを追い払うかのように片手をヒラヒラさせているも不意に思い当たったのか、口許を歪めてニヤニヤとガットの肉体へやらしい視線を店主グリジオが送る。
「ああ、なかなかよかったぜ?盛り上がった」
「だろ?依存性もねぇし、魔法使いが使ってもぶっ潰れねぇし、最高だろ?んじゃ、定期購入ってことで」
ガットの好感触な感想に、グリジオの表情が今度は違う意味でやらしくなる。昨日、試用品として高価な媚薬を渡した甲斐があったとホクホクとした顔つきになって、適当に置かれていた購入者リストのノートにガットの名前を書こうとしたところで、「いや、やっぱ止めとく」とガットに言われて手か止まった。
「あ?なんでだよ。良かったんだろ?定期じゃなくても今度はちゃんと買えよ」
「…買いてぇとこなんだけど……良すぎて頭がおかしくなるみてぇで…俺には合わないみたいだ」」
途中まで言葉を言って、一瞬ガットの瞳が揺れる。昨晩見た夢のことを思い出していた。
「合わねぇって?」
「…、…ちょっと夢見がな。変なこと口走っちまうみてぇで…」
「副作用はないはずだぞ?」
「良いやつなのはわかったっつーの。とりあえず、今回は止めとく。その代わりいつものやつくれ。できるだけ強めのやつ」
なかなか食い下がらない店主に軽く理由を言ってから、本来来た目的を告げてポケットから雑に金貨を取り出す。
「…はぁ、お前なぁ…効かなくなってるからあっち渡してやったっつーのに」
グリジオが分かりやすく溜め息を付きながらもカウンター下からごそごそと袋を取り出す。
カウンター上にタバコの箱がゴロゴロと置かれる。その中の1箱をガットが手にすると、片眉を上げて訝しげな表情でタバコの銘柄を読んだ。
「ん?…カモリン?おい、いつものやつじゃない」
「新しく出たやつだ、こっちにしとけ。ラベリアンに耐性ついたんだろうからこっちの方が効く。依存性も少ねぇしな」
ガットが適当に置いた金貨の数とカモリンと書かれたタバコの数を照らし合わせながらグリジオは言う。
二人の間に置かれたブツは一見ただのタバコだが、依存性のある薬草の入ったタバコで、カモリンもラベリアンも眠りを深くする作用があった。
もちろん裏モノのため、表では売っていない。
箱を9箱並べたところで、グリジオがガットに手のひらを差し出す。
「お、あと1枚金貨がありゃ、10箱になるぜ?」
「ラベリアンならこれで10箱だろ?ぼったくる気か、おっさん」
「カモリンはラベリアンより質がいいからな、ほら、もう一枚寄越せ」
グリジオにしたり顔にガットの眉間に皺が寄るが、すぐに小さく息を吐いてポケットに手を突っ込んだ。手をグーにしたままグリジオの無骨な手のひらに己の手を置いて拳を開くもののそこには何も入っておらず、今度はグリジオの顔が歪む。
ガットは気にせず、グリジオの肌に僅かに指先を触れさせながら徐々に手首の方へ移動させ、皮膚の薄い内側の肌を優しく愛撫した。
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