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時給が良いから、と友達に誘われて始めたバイト先が物凄い所で絶賛後悔中である。 俺は芹生 楓(せりょう かえで)。4月から大学3年生。学力、容姿ともに至って平凡。 「なーなー芹生くん、バイト何時まで?俺今日は早上がりなんだけどさー」 「いえ、あの…」 繰り返すが俺は自分のことをとても平凡な人間だと思っている。けれど、このバイトに誘った友人はそう見てくれなかったらしい。 ここは新宿、華の歌舞伎町。これだけ聞けば誰でも夜の仕事を連想するだろう。 だがしかし。 「ほらハルさん、芹生また困ってるからそのくらいにしてやって」 「そ、そうですよ!俺みたいな一介のコンビニ店員に…」 助け舟を出してくれた友人―――細田をちらりと見やってから袋を渡す。 そう、俺の仕事は。なんてことは無いただのコンビニ店員だ。 「はは、ごめんごめん。芹生くんほんと好みだからさー。ま、いつでも連絡してよ。」 目の前でからからと笑うこの男性。何度もブリーチを掛けて傷んだ明るい髪と同じような性格で、何故か俺のことをえらく気に入ってくれている。 生返事を返すと軽く挨拶をして店から出て行く。いつもの事だ。 「細田…お前ほんとさ…」 「あーはいはい皆まで言うなって、誘った俺も確かに悪かったよ。ただこの時給!お前だって飛びついただろ?」 「まあ、そりゃ…いくら夕方から朝にかけての勤務だって言ってもこれは破格だもんなぁ。」 「うんうん。それに、ここの採用基準が顔面偏差値だーなんて聞いたらちょっとチャレンジしてみたくなったんだよ!」 主にお前の顔面で!まさか俺まで受かると思わなかったけど、なんて悪びれた様子もなく言われれば口をつぐむしかない。 確かに細田の言う通り、時給は破格だしちゃんと休憩や賄いもある。業務だって他のコンビニと同じように品出し、陳列、レジといった変わりのないものだ。 (………さっきのアレさえなけりゃなぁ) 夜の歌舞伎町と言えばホストやキャバ嬢が大体の客層を占める。顔面偏差値の高い、要はイケメンを揃えて女性の客を増やそう!という経営方針が理由であんな採用基準になった、というまことしやかに流れる噂を細田が耳に挟んだわけだ。…なぜ応募しようと思ったのかは分からないけど。 「細田く~ん、また来ちゃった~!」 「ああ、いつもありがとうございます。今日もこれから出勤ですか?」 「そうそう、稼がないとね!」 会計を済ませ、女性をにこやかに見送る細田は…まぁイケメンというやつなんだろう。だからさっきのように彼目当てで来る女性も少なくない。

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