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5.
少しぎこちなかっただろうか、と店を出て思う。今日も財布を出す予定はなかった。
なのに、
(急に触りたくなったんだよなぁ…)
商品をスキャンしながらレジを操作し、袋に詰めて。ただそれだけの行動だというのに何故だか目で追ってしまった。
代金より上回る額を渡せば必ずお釣りがくる。それなら受け取る時に多少の接触があっても良いだろう、と。我ながら考えたものだ。
右腕に絡みつくミカの話に相槌を打ちつつ、左手に目を落とした。そんなことは有り得ないはずなのに、一瞬にして宿った熱はまだ消えない気がする。
意味もなく掌の開閉を繰り返す俺の様子を不審に思ったのか、声を掛けられてやっと店に到着したことに気付いた。
取りあえず、仕事をしよう。
勤務が終わるとすぐに帰ってしまう俺を見かねた先輩に構い倒されて、いつもより出るのが遅くなってしまった。右側に女性の温もりを感じないのはいつぶりか、と考えながら駅へと向かう。
その道すがら、彼の後ろ姿を見つけた。
バイト終わりで眠いのか、ふわふわと覚束無い足取りを見て自然と口元が緩む。声を掛けようとして、気付いた。そういえばまだ彼の名前を知らない。
俺としたことが、仕草を追うばかりで名札の存在が蚊帳の外だったとは…。次は必ず確認しよう。
そう心に決めて、ふらりと後を追った。これからどうするか、どこまで着いて行くのかなんて何も決めていない。自他ともに認める気分屋。
横断歩道を渡って新宿駅へ向かう。ゆったり歩く彼の歩調は、並んで歩いたらたぶん俺と同じくらいだろうか。
時々伸びをする彼が改札の向こうに消えるまで、穏やかな時間を過ごした。
別のホームに向かいながらふと考える。学生に見える彼は、きっと春休みの最中。新学期が始まって、バイトの時間帯が変わったら会えなくなってしまう可能性も…。短大や専門学校なら、もしかしたら卒業かもしれない。
その前に少し仲良くなっておきたいと思いながら、くありと欠伸をひとつ。
まずは帰って寝よう。久しぶりにぐっすり眠れそうだ。
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