220 / 330

220.

「……瑠依とは別れたよ」 その一言を発してしばらく、目の前の瞳がゆっくりと見開かれる。膝から飛び降りるミウを追って、意識を彼に戻した。 「え、あ……そう、なんですか…」 何ともいえない表情を浮かべる芹生くん。ぎゅっと握られた両手を視界に留める。 「…まだ、間に合うかな」 呟けば彼の顔が傾き、さらりと揺れる黒髪。 ああ、心臓が痛い。 小さく息を吸って、願いを声に乗せた。 「俺、と――…付き合って、ください」 たっぷり数秒。やがてくしゃりと歪んだ相貌を覆って俯く姿。指の隙間から零れた水滴に、慌てて隣へ座った。 「芹生くん…?」 そっと背中を撫でると僅かな振動が伝わってくる。ただ困惑してしまって、口を噤んだ。 「俺で……良いんです、か」 濡れた視線を向けられると、別の意味で高鳴る心臓。こんな時に…と苦笑いを噛み殺して、頷く。 「なんて言えばいいのかな…今まで必死で何かをするってことがなかったんだけど」 変わったと、周りに言われてきた。そしてそれは紛れも無くこの子のおかげで。 「今更…自分勝手だと思う。でも、隣に居てほしい。……楓くん以外じゃ駄目なんだ」 「…ほんとうに、自分勝手」 眉を下げて切なそうに笑う彼から、そっと伸ばされた手。受け止める自分のそれもまた震えていることに気付く。 「俺だって……三井さんじゃなきゃ嫌です」 緩く握ったままの手に頬ずりする様子に色気を感じてしまって。たまらずその艶やかな唇を覆った。 「しょっぱい…」 「……ふふ、そうですね」 額を合わせて第一声、思わず漏れたのは照れ隠し。絡まる視線。どちらからともなく、また唇を重ねた。 傷付けてしまった時間は戻せない、けれど。 赦し受け入れてくれた彼を。 俺の全てで。全てを懸けて、愛したいと思う。

ともだちにシェアしよう!