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220.
「……瑠依とは別れたよ」
その一言を発してしばらく、目の前の瞳がゆっくりと見開かれる。膝から飛び降りるミウを追って、意識を彼に戻した。
「え、あ……そう、なんですか…」
何ともいえない表情を浮かべる芹生くん。ぎゅっと握られた両手を視界に留める。
「…まだ、間に合うかな」
呟けば彼の顔が傾き、さらりと揺れる黒髪。
ああ、心臓が痛い。
小さく息を吸って、願いを声に乗せた。
「俺、と――…付き合って、ください」
たっぷり数秒。やがてくしゃりと歪んだ相貌を覆って俯く姿。指の隙間から零れた水滴に、慌てて隣へ座った。
「芹生くん…?」
そっと背中を撫でると僅かな振動が伝わってくる。ただ困惑してしまって、口を噤んだ。
「俺で……良いんです、か」
濡れた視線を向けられると、別の意味で高鳴る心臓。こんな時に…と苦笑いを噛み殺して、頷く。
「なんて言えばいいのかな…今まで必死で何かをするってことがなかったんだけど」
変わったと、周りに言われてきた。そしてそれは紛れも無くこの子のおかげで。
「今更…自分勝手だと思う。でも、隣に居てほしい。……楓くん以外じゃ駄目なんだ」
「…ほんとうに、自分勝手」
眉を下げて切なそうに笑う彼から、そっと伸ばされた手。受け止める自分のそれもまた震えていることに気付く。
「俺だって……三井さんじゃなきゃ嫌です」
緩く握ったままの手に頬ずりする様子に色気を感じてしまって。たまらずその艶やかな唇を覆った。
「しょっぱい…」
「……ふふ、そうですね」
額を合わせて第一声、思わず漏れたのは照れ隠し。絡まる視線。どちらからともなく、また唇を重ねた。
傷付けてしまった時間は戻せない、けれど。
赦し受け入れてくれた彼を。
俺の全てで。全てを懸けて、愛したいと思う。
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