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第8話 始まり.7
「んんっ、とうどっ..やめ..」
息が吸えない。
苦しい..
はずなのに、何故か切なさが込み上げてくる。
頭がぼうっとしてきて、とうとう脚がガクガクして立てなくなった。
すると、今度は腰をぐいっと引き寄せられ無理やり立たせられる。
__やっと唇を離され、腕もほどかれた。
完全に腰が抜けたようだ。
思わず崩れ落ちる。
「....すみません。こんな乱暴にするつもりはなかったんですけど。」
「どの口がっ..」
「で、理由を教えて下さい。」
俺の元にしゃがみこんだ東藤は、俺の右手を大きな両手で包む。
その手を思い切り払って、俺は東藤に言いはなった。
「だからっ、あの時は酔っていたんだ!..お前が連絡先渡したりするから..相談したくて。」
何故か、東藤の目を見れない。
「それで笠部さん誘って呑みに行ったら、思った以上に酔って..、介抱してもらっただけだ。」
黙って聞いていた東藤は、そこで口を開く。
「..知ってますよ。介抱されてたことは。だって、市川先生を貴方の家へ送ったのは俺ですから。」
「え..」
「..昨日、病院から帰る途中で先生ともう一人の男が抱き合って歩いているところを見て。
俺がその男から先生を引き取ったんです。」
驚きを隠せない。
送ったと言うことは、俺の家も知っているわけで。
ストーカーか、と軽く心の中で突っ込む。
落ち着け落ち着け..。
「泥酔しているのは分かっていたんですけど、..すみません。自分で思っている以上に嫉妬深かったらしくて。」
「..それで、ついキスマークを..。」と右手で頭をかく東藤。
「..」
「..そんなに真面目に考えないで下さい。
ってか。先輩に相談したかったって..、そんなに俺の事が気になりましたか?」
「んなっ?!」
クスッと意地悪く笑い、俺の顎を指で撫でてくる。
「な訳ないっ!大体お前は..」
「ん?何ですか?」
「..いきなり過ぎるんだっ..。どう、対応したらいいのか分からない。」
「市川先生、もしかして..女性経験ないんですか?」
「ばっ、馬鹿にするなっ。..少しは、ある。」
「少しは、ですか?..男性経験は?」
「あるわけないだろっ?!本当に馬鹿にしてると..__東藤?」
気付けば、東藤の顔が真っ赤になって、俺の目をじっと見つめていた。
「..やばい。今の先生、いつも以上に可愛かったんですけど。」
「またふざけた冗談をっ」
「冗談じゃありませんよ__先生、もう一度キスしていいですか?」
「なっ?__んっ、んんー!」
ドンドンと東藤の胸を叩くが、意味はない。
すると、俺の両腕を片手で掴んで壁に押しつけてきた。
すかさず舌で俺の口を開かれる。
「ふぅっ、んぁ..」
さっきとは少し違った濃厚なキスに、神経から溶けそうな感じがする。
息の苦しささえも、考えられなくなってきた。
どうして東藤がこんなキスするのか、俺には分からない。
あの後、東藤は何事も無かったように俺の身だしなみを整えてくれて、そのままロビーへ行ってしまった。
本当っ、何なんだよ....。
「__先生、市川先生。」
ハッとして俯いていた顔を上げると、看護士の谷 が心配そうに俺の顔を見ていた。
「っあぁ、悪い。何かあったか?」
「いえ、珍しくぼうっとなあって。寝不足ですか?」
「いや。ちょっと考え事をしてて..。」
「コーヒーでも淹れましょうか?」
「あぁ、頼む。悪いな。」
「いえいえ。」と笑いながら、診察室に置いてあるコーヒーメーカーで淹れる谷。
谷は、俺がこの病院で医者を勤め始めた時からの相棒のような看護士だ。
「どうぞ。」
「有り難う。」とコーヒーカップに口を付けた時、
「市川先生のその考え事って、もしかして東藤先生の事じゃないですか?」
「へ..うわっ」
驚きすぎて、思わず珈琲をこぼしそうになってしまった。
「あれ、もしかして図星でしたか?
..最近、よく東藤先生と一緒に居ますよね。噂されてますよ。」
「院内で、か?」
「ええ、看護士にも裏トークが有るんですよ。」
「..面倒だ。」と呟いてやっと珈琲を飲む。
「でも、かなり人気ですよ。何しろ、院内のイケメントップ1と2が引っ付いてるんですからね。..よく腐女子が騒いでます。」
..最後の方は聞かなかったことにしよう。
「因みに、どっちがトップ1なんだ?」
「あれ、それ気になりました?..市川先生は、本当に惜しくて2位なんです。ついこないだまで1位だったんですけどねー。
あ、私は断然市川先生が1位ですよ。..だって、あの東藤先生、絶対裏ありそうなんだもん。」
思わず笑って谷の方を見る。
「んじゃ、私は?私にも、裏はあるぞ。」
「先生は最初から裏丸出しでしょう。そういうところが、看護士に人気なんです。」
何だそれ、と心の中で呟いて苦笑いする。
「..女心はよく分からないな。」
「市川先生は男心さえも分かってなさそうですが?」
何となく、否定をするのは止めた。
..谷は絶対Sだ。
席から立ち上がり、残った珈琲を一気に飲む。
「美味しかった、有り難う。午前の診察時間はもう終わっただろ。カフェに行ってくる。」
「はぁい。女子が淹れた珈琲を飲んだ後にカフェ行くところが、女心が分かってないような気がしますけどね。」
「..?」
言っている意味が分からず、思わず首を傾げる。
「何でもないですよー。はい、どうぞ行ってきてください。」
溜め息ながらに言った谷は、俺の飲んでいたコーヒーカップ片手に水道がある奥へ歩いていく。
「あぁ。」とだけ言って、俺は診察室から出た。
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