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第1話
貸し切られたホールの中に熱気がこもっている。
日本人というのは何でこうもイベントが好きなんだろう。そのイベントに便乗している俺、澤田俊 も人の事を言えた義理ではないって分かっているけど、あまりの人の多さにうんざりする。
これで目的の武内泰弘 を見つけきれなかったら、俺の仮装の意味がない。なかなか見つからない探し人に、俺は焦ってホールの中を歩き回った。
アイツ主催のハロウィーンイベントだ。来ていないはずはないけど、見渡す限りの化け物たちは、元の顔がわからない奴も多い。
「せっかくこんな格好したのにな……」
もう1時間以上も探していた。疲れた俺は壁にもたれてぼーっとフロアの方に目を向ける。
チカチカするライトに鳴り響く音楽。仮装を楽しむ奴はどこの特殊メイクだと思うような盛り方だ。そうでない奴も自分の見せ方を知っているんだろう。男も女も自信に満ち溢れたような顔で歩いていた。
派手な世界だと思う。俺の住む世界とは全然違う。
そもそも泰弘は大学時代から人目を惹くのが当たり前で、しかも周りを全く気にしないような奴だった。一方俺は、子供の頃に目立つ事で嫌な思いをしたせいで、派手な事も目立つような事も苦手で、それはいまだに変わっていない。
大学時代も人の輪の真ん中にいつだって居た泰弘とは反対に、俺はサークル活動だってろくにしていない。むしろ一人で図書館に篭もっているのが好きで、よく図書館の片隅に居た。
そんな俺達に接点なんて全くなかったのに、それがたまたま取った授業で発表のペアを組まされた事から、付き合いが始まっていった。
始めは俺に丸投げをして、ろくに取り組みもしないだろうと思っていた。そんな予想に反して、一緒に図書館に通い詰めて、お互いに準備した資料を元に考察を交えながら二人で纏めていく作業は想像以上に楽しくて、その授業が終わる頃には二人だけで飲みにいく事も増えていた。
泰弘は社会人になった今でも縁の切れない数少ない友人で、そして、あの頃から思い続けている、俺の片思いの相手だったりもする。
そうは言っても、市役所の職員としてほぼ定時で動ける俺とは違い、イベントプロデューサーとしてそこそこ名前が売れている泰弘はかなり忙しそうだ。それでも合間を縫って、泰弘の方から頻繁に連絡をくれるお陰で、縁が繋がれているのが本当のところだった。
泰弘からの連絡がもし無くなったら、二人の関係なんてそのまま過去の思い出になってしまうんだろう。そして、告げる事もなかった思いは、始めから何もなかったかのように忘れられていくんだ。弔う事さえできないこの恋が辛いと思い始めたのは、ここ二、三年のことだったけど、それでも告白する勇気なんかない俺にはどうしようもなかった。
そんな中だった。巷では入手が困難なはずの今日のハロウィーンイベントのチケットを、俺が泰弘から直接貰ったのは。
『仮装していて、誰だか分からない奴も多い。お前もしてみたらどうだ? いつもと違う自分だと、日頃出来ない事も出来たりするだろ』
始めは『そういうのは苦手だから』と断った。それでも置いていかれたチケットを見ている内に、泰弘の『誰だか分からない』って言葉と『日頃出来ない事』が、ひどく魅力的に思えてきて。
派手な場所も、派手な格好も本当に苦手だったけど、俺は結局その言葉の誘惑に負けてしまった。
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