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第7話
どれぐらい経ったんだろう。俺の後ろから大きな溜息が聞こえ、スルリと身体から腕が引かれていく。こんなんじゃ遊び相手にもならないって、このまま追い出されてしまうんだろう。そう思うとまた新しい涙がボタボタと溢れてきた。
「ここはマジックミラーで他から見えない作りだから。大丈夫だから」
そんな俺を抱えて、泰弘がソファーに座り込む。
「ほらもう泣くな、俊」
えっ?今、俺の名前……。何で、いつから気がついてた?泰弘のその声に俺は目を何度も瞬かせた。
「だけど、お前の警戒心の無さも悪いんだからな。何の疑いもなく、あんな催淫剤擬きが入った酒なんか飲んで、俺があと少し遅かったらどうなってたと思うんだ」
催淫剤……そんな物が入ってたなんて、何が紳士だあり得ない。身体が熱かったのも触られて変だったのも、全部アイツ等のせいか。そう思えば、驚きもするし腹も立った。それでも、泰弘に名前を呼ばれた事の方が気になり過ぎた俺の反応は、泰弘が思っていたよりも鈍かったようだ。
「あのなぁ、お前どんだけヤバかったか分かってるのか。こんなんだから、俺はお仕置きだってしたくなるんだぞ」
泰弘の声が少し怒ったように低くなる。ヤバかったのはちゃんと分かってる、分かってるんだけど、それを伝える前に。
お前こそ俺だと分かっていて触っていたのか、何でだ。俺だって分かってるのに、何でお前が俺に触るんだ。その理由が俺には気になった。
「お仕置き…?遊びじゃないのか?」
お前に触れたくて、触られたかった俺と違って、お仕置きだとしても、お前が俺に触れる意味なんて無いはずだ。
「はあ?」
「俺、これが泰弘の遊び方なんだって思って……でも俺、上手くできなかっただろ……だから、もう要らないんだろうなって思ってた……」
赤の他人との一晩限りの遊びでもない限り、泰弘が俺に触れる理由なんて無いと思ってた。
「……ちゃんとした言葉がないまま始めたのは悪かったけど」
俺を掴む泰弘の手に力が篭もっていく。こんな目も声も今まで向けられた事なんかなかったのに、俺は何か地雷を踏んだらしい。
「何だ、もう要らないって。俺がお前を使い捨ての道具みたいに扱うって思ってんのか!」
「ちょ、ちょっと待て!!」
今の言葉が本当なら、やっぱり泰弘は俺を知らない誰かじゃなくて、ちゃんと澤田俊として認識していたって事か。
「なあ、泰弘……いつから俺だって気付いてたんだ?」
この姿で居る時は、親戚でさえ気が付かないのに、何で始めて見るはずのお前が気が付いたんだ。
「ガキの頃はそんな感じだっただろ?まぁ髪の色はもっと派手だったけどな。それに声も顔もいつも通りなのに、何で気付かれてない、なんて思えたんだ」
意味が分からないって表情で伝えられても、俺だってもう意味が分からない。
「ガキの頃……?」
何だそれは、そんな話し初耳だ。
「はぁ!?俺、大学時代で始めて喋った時に言ったよな?あの頃はごめん、って。ずっと探してたって」
あの頃の俺って泰弘みたいなタイプには近付きたくなくて、泰弘の話にも適当な相槌だけ打ってたからな。ヤバイ正直自信が無い。
「そう言われたら聞いたような……」
「お前、今も適当な事言ってるだろ」
やっぱり付き合いが長いだけあって速攻でバレた。
「えっ、でもじゃあ何で、泰弘は俺に手を出したんだ」
とりあえず昔の話しよりも気になるのは今だ。そんな俺にあからさまな溜息を吐きながら、泰弘の視線が外方を向いた。溜息は話題を無理矢理変えた俺への当てつけだとしても、泰弘がこんな風に視線を外すのは珍しい。
「……お前から誘ってくれたから、ついに受け入れてくれたのかと思ったんだよ」
「……受け入れた?」
「俺が前からお前を好きなの知ってるだろ」
何だそれは、初耳だ!!開いた口が塞がらないっていうのはこういう事を言うんだろう。俺はよっぽど間抜けな顔をして居たに違いない。
「えっ、そこからかよ……ありえねえ」
脱力したように顔を覆った泰弘には悪いけど、どうしようもなく嬉しくて幸せで、俺は何だか泣きそうになってくる。
「お前がイタズラするのは俺だから?」
鼻を啜りながら、顔を覆った泰弘の手にキスをする。俺に向けられた驚いた表情に俺はニヤリと笑って見せた。
「当たり前だろ、お前以外に用はない」
「そっか、俺も同じだよ。イタズラしたいのはお前にだけ」
お前の事だからこれだけで意味が分かるだろ。だから俺はもう一度、始まりの呪文をはっきり唱えた。
「Trick or Treat」
大好きなお前にイタズラをさせてよ。
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