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第1話

「……崇宏?」  俺、関根崇宏(せきねたかひろ)がぼんやりと会社の食堂で昼食を食べていたら、突然、聞き覚えのある声に下の名前で呼ばれて。思わず手にしていた茶碗をひっくり返しそうになった。 「……熊谷?」  無意識に立ちあがりながら名前を呼ぶと、やはりそこには久しぶりに目にする顔があった。  熊谷将司(くまがいまさし)。俺が中学生の頃、同級生だった男だ。  向こうも呆然とした表情をしている。そりゃそうか、卒業式から7、8年、全く会ってはおらず。電話もメールも手紙も、何も交流はなかったのだから。 「あっ、もしかして崇宏って、ここで働いてるのか?」  しばらくの沈黙から、熊谷の質問に俺が無言で頷く。 「俺は広告依頼の営業でさ、ここには今日、初めて来たんだ」  べらべらと喋るその口調は、中学時代から変わっていない。 「しっかし奇遇だなぁ。何年振りだっけ?」 熊谷は俺の肩を軽くどついた。これもその頃からのこいつの癖だ。 必要最低限しか動かない俺に明るくじゃれ付く熊谷。そんなふたりの姿は、出会い別れたあの頃から変わっちゃいないだろう。   そう、俺とお前が偶然か恋愛か分からないキスをした、あの日から。   「なぁ、崇宏。俺ってしばらくここが営業先なんだよ。だからさ、せっかくだし連絡先交換しようぜ」 一瞬過去に戻った俺に笑い掛けながら、熊谷はポケットからスマホを取り出す。 「ここでの仕事って何時に終わるの? 残業があれば別の日にするけど、凄ぇ懐かしの再会だから、ふたりで呑みにでも行こうよ」   軽い調子の誘いの声に苛立った。こいつ、何も覚えていないのか? 思わず睨みつけるように熊谷の眼を見ると。  その眼の中にある複雑な色から、熊谷の心にも俺とのキスシーンがあるのが分かった。 「……おう」  ゆっくりと椅子に座って、俺も鞄からスマホを取り出した。この再会から、俺と熊谷のふたりがどうなるのかは分からないけど。もう、あの時みたく偶然や恋愛から逃げたくはなくて。

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