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第2話
会社のビルから出て「仕事終わった」とLINEを送り、ビルの目の前にある歩道橋を渡る。すると歩道の端に佇む熊谷の姿が見えた。歩道橋の階段を下りる俺に気がついたのか、熊谷は大きく手を振ってきた。
「職場の先輩達と、ここでよく食べるんだ。海産物が色々と旨いよ」
俺は熊谷とふたりで駅近くの居酒屋の暖簾をくぐる。個室もあるし、とはなんとなく言えなかった。
「わーい、俺、丁度そういうの食べたかったんだ」
鼻歌を歌いながら、熊谷は俺の後ろをついてくる。
「地元人間のおススメなら期待出来るぞっと。それに崇宏って、よくコンビニとかで美味いもの発見して、俺にススメてくれたよな」
そしてべらべら喋りながら、自然とカウンター席に座った。
(まぁ、俺達の会話なんて誰も気にしないか)
そして俺は熊谷の隣に座った。何年振りだろう? この並び方。
「営業って、なんだよお前、立派な社会人になったんだな」
「そうそう、俺ってバカだったのになー……って、おい!」
肩をどつかれた。そんな熊谷からのノリツッコミも変わらない。
「広告代理店ってのも驚いたけど」
お通しをつまみながら本音を呟く。
「広告代理店っていうか、広告制作会社だよ。広告代理店みたく、なんでもかんでもやるわけじゃない。まぁ、大手企業と中小企業の違いだけど」
目の前に置かれたチューハイのジョッキを持って、熊谷は嬉しそうに語る。中小企業、なんて言ってるが自虐的な口調ではない。楽しく一生懸命に働いているのだろうな。
「営業だと、毎日忙しいのか?」
俺も生ビールのジョッキを持つと、再会からの乾杯のつもりか、熊谷はジョッキをコツン、とぶつけてきた。
「俺はまだ下積みだし……崇宏はどうなんだよ?」
「ブラック企業ではない」
そんな風に答えると、熊谷はゲラゲラと笑った。
「有名どころの旅行代理店だもんな。俺も名前知ってたよ。そういや崇宏って、めちゃくちゃ英語得意だったもんな~、そんな会社にも就けるか」
お世辞には聞こえない。中学時代に俺が英語が得意だったのは事実だし。
「でも一番必要なのはコミュニケーション能力だから」
俺がジョッキを煽ると、熊谷はあっさり応える。
「それもしっかり持ってたじゃん」
「……中学の頃、俺は友達居なかっただろうが」
自虐的に呟く。事実、俺は中学の同級生とは必要最低限の会話しか交わさなかった……熊谷は特別だったが。
「でも塾では英語教えてただろ。あの学校では、崇宏がたまたま周囲と合わなかっただけ。それにさっきも、職場の人とよくこの店に来る、って言ってたじゃん。崇宏は人付き合い下手ではないよ」
熊谷は俺の性格を断言する。こいつは昔から他人を褒めるのが上手いんだ。
「すみませーん、イカの塩辛と、カキフライくださーい」
ありがとう、と俺が応える前に熊谷はカウンターの向こうに声を投げて。お礼を返せないまま俺もメニューに目を通す。
「塾といえばさ、俺が崇宏と仲良くなったのもあそこの塾だったよな?」
隣に座る熊谷の笑顔と明るい声から、俺はまた記憶の中に吸い込まれていった。
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